日本人初!月面探査レースGoogle Lunar XPRIZE
月面探査ロボット最高技術責任者
吉田和哉教授の宇宙ロボットへの想い

【後編はこちら】

優勝は大事なステップ、でもそれがゴールではない

Google Lunar XPRIZE(以下:月面探査レース)の賞金総額30億円、一等賞金20億円って、それ自体はすごく大きなお金です。
でも、技術開発や打上げにかかるコスト全体からみると、決して十分な額ではないのです。
たぶん、どのチームもこの目的を達成するためには、20億以上の資金が必要になります。
でも、そこは参加者はみな理解している大事なポイントなのですが、賞金を獲得したら元が取れてしまう仕掛けであれば、優勝したことが終着点となってしまい、月に対する興味は終わってしまいます。

優勝は大事なステップだけど、それが最終的なゴールではないのです。
優勝を踏み台にして、その先でもっと大きく展開して、月を探査することで利益を生むシナリオまで自分たちで考えておかないと、そもそも参加する意味がなくなってしまいます。


いま月に行けるといえば、行きたいっていう人はいっぱいいるかもしれません。
でも、それに対していくらまでだったらお金払えますか、という話になります。
最初の段階として、まずは月に物を送り届ける、あるいはロボットが行って映像を送ることから始めて、一般の人が行けるようになるのは、まだその先です。
月に物を送り届けることに対して、どれだけの金銭的価値を見いだすのかというのは、そう簡単な話ではないかもしれません。
でも、柔軟な発想で、段階を踏みながらスピードアップしていけば、近い未来、人類が月へ頻繁に行く時代が必ず来ると思います。


アポロの時代、宇宙飛行士は月に行って帰って来ましたが、そのときは短期滞在でした。
これからの時代は、もっと長期滞在して、月の上で人が生活できるようになると思います。
そういう時代が来た時に何が必要かを考えると、月面っていうのは大気がない高真空状態ですから、空気が必要、水が必要という話になりますが、それを全部地球から運ぶとなると現実的ではありません。
月の北極や南極の極低温の領域には、水氷が存在していることを示すデータがあるのですが、氷を採掘して電気分解することができれば水素と酸素になり、これらは有用な資源になるわけです。月で活用できる資源を見つけ出して、それをうまく加工して使用することができれば、月面で人が長期滞在することが可能となります。

話を広げますと、人が生活できる生活圏をつくるということを考えたときに、いろんな有用な資源を見つけて、それを現地で採掘して利用することが大事になります。
そんな未来が必ず来ると考えると、有用な資源がどこにあって、どういう方法でそれを掘り出せば活用できるか、そこをおさえたものが最終的に月での生活圏をうまく築くことが出来るわけですから、僕らはそれを可能にするための道筋をつけることにフォーカスしています。



月面探査レースで求められているのは、自分たちの力で月にたどり着いてロボットで月面を自在に走り周ることです。
しかしながら単に走り回るだけではなく、その先に人が居住可能な空間を探すとか、人が居住するために必要な水資源を探し回るとか、そういう探査活動をしたいと思っています。
そこまで見渡すと、将来人類の生活を変えるような新しいビジネス、産業がそこに生まれる可能性が十分あると思います。

月の北極・南極の極低温の領域には、氷の状態で水資源が埋蔵している可能性が、科学的に示唆されています。
その現場に行って調査し、全体の埋蔵量を把握し、どういう手段を使えば、それを有効に活用できるのか見極めることがすごく大事だと思います。
資源を利用できる道筋ができると、この先の月開発はガラッと変わってくるでしょう。


宇宙ロボット研究に人生を捧げる吉田和哉


私の宇宙ロボットの研究人生は宇宙が好きだった子供の時代から始まり、工学分野に進んで、宇宙ロボットの専門家となりました。
自分自身が月に行ける日はまだ遠いかもしれないけれど、まずは自分の分身としてのロボットを月に送り込んで、月面の上を縦横無尽に走り回る、それが一つの大きな目標です。
それを可能にする技術を作っていくことが、私の使命だと思っています。
そして、いつの日か月へ旅行し、月の世界に降り立ってみたいという夢があります。

そういう意味では、私は旅行の中でも、人があまりいかない場所に行ったり、まだ見たことがない世界や、未知の世界に行くことが好きです。
旅行する意義を自分の身をその現場に置くことと考えると、その行先の一つとして、やはり月の表面は魅力的で、是非自分の足で歩いてみたいです。
その夢の一歩となる宇宙探査レースへ参加するチームHAKUTOのプロジェクトでは、月着陸後に月の上で走り回る、宇宙探査ロボット技術がある程度完成の域に近づいています。


いま一番大きなハードルは『月にたどり着くまでの部分』、すなわちロケットと着陸機です。
ロケットに関していえば、日本にも優秀なものがありますが、今の流れで行くとスペースエックスのような民間のベンチャー企業がどんどんロケットを打ち上げる時代になっていますので、資金調達さえできればそういうロケットを使うことが出来る時代だと思います。
着陸機の部分が実は最大のハードルで、チームHAKUTOは正直いって着陸機の技術をもっていません。では、月に行く可能性は無いかといえばそういうわけでもなく、着陸技術をもっているチームに相乗りさせてもらおうというのが、我々の戦略です。しかしながら、ただ乗りというわけにはいきませんので、ロケット打上げと月着陸の部分に対して相応の対価を払わなければなりません。そのための資金調達も大きな課題です。

いま月面探査レースの競争相手である、アメリカのアストロボティックというチームが、客観的に見て月に着陸する技術が一番進んでいると考えています。
チームHAKUTOは、アストロボティックとパートナーシップを結んで、僕たちのロボットを乗せてもらう契約をすすめています。

アストロボティックでは、月面探査レースの先のビジネスとして「ご用命いただいた荷物を月のどこにでも運びますよ」「日時と場所を指定して下さい、そしたら運びますよ」という月に対する宅急便会社を目指しています。
月に物をお届けしますっていう価値を提供する会社になりたいという、非常にわかりやすい戦略ですね。
月に自由自在に行けて、そして自由自在に走り回れるようになると、物を届けたり、そこに物を置いてきたり、何か物を探して見つけきたり、そういった色々な価値提供のバリエーション広がると思います。

このプロジェクトでは「月に自由自在に行ける、降りたら自由自在に走り回る」の2つの組み合わせが不可欠なので、全部自前で開発できる状態にしたいという想いはあります。
これらは、技術的・エンジニアリング的には、きちんとやればできることではありますが、短期決戦が求められる今回の月面探査レースでは、足りない部分を相補的に補い合えるパートナーシップが賢明な戦略だと思っています。しかし、ゆくゆくは全ての技術を手にして、自分たちで着陸機も含めた月面探査システムを造りあげていきたいと思っています。


私にとって宇宙ロボット開発とは、究極的には新しい価値を創造していくことだと思います。
それは従来の人が気付いていなかった、色々な道具を提供することを意味します。
例えば、電話機は離れた場所を電線で結んで会話する道具から始まり、それがコードレスになって自由自在に持ち歩けるようになり、部屋の中からアウトドアへ、そして世界のどこにいても繋がっていて、むしろ通話機能以外の部分で新しいサービスが展開されています。
この先、ロボットも電話と同じように、新しい用途が産み出され、様々なサービスが付加されることにより、別次元へ進化してくと思います。

それをきっかけとして、世界がガラッと変わった

Google Lunar XPRIZE (以下月面探査レース)とは何かについてお話しますと、エックスプライズ財団というアメリカのNPOが主催している世界的なコンペで『これまでの宇宙開発のやりかたに革新的な変化をもたらすようなコンペを企画したい』という考えが背景にあります。

歴史を紐解く話になりますが、1927年にチャールズ・リンドバーグが飛行機を使ってアメリカ・ニューヨークから大西洋を越えてパリまで無着陸単独飛行をしました。あのとき彼は個人の趣味として飛んだわけではなく、実はコンペへの挑戦者として飛んだのです。

その当時、ニューヨークのホテル王と呼ばれていたオルディーグ氏が企画したコンペで、いろんな人がチャレンジしていく中、リンドバーグが初めて達成しました。
飛行機というのは、そもそも1903年にライト兄弟によって発明され「人類が空を飛ぶという夢をかなえる乗り物」であることは間違いではないのですが、それが「どういう使われ方をするか」というのが、あまり見えてなかった時代でした。

パリにリンドバーグの飛行機がついた時、ものすごい大群衆が歓迎したわけですけども、
それを世界中の人々が見て『飛行機というのは海を越えて大陸間で人や物を運ぶ』ものとして使える、ということに気づいたのです。
そのリンドバーグの成功以降、航空産業は飛躍的に伸びました。
それは政府が政策として推奨したわけではなく、あくまでも民間人が企画した懸賞レースだったのです。このような懸賞レースが世の中がガラッと変える、という一番いい例だといえます。



同じように、これまでの宇宙開発のやり方を根本から変えるような、新しいチャレンジ、新しい流れを、国や政府に任せるのではなくて、民間の財団が賞金レースを企画することによって大きな変革をもたらそうと、そういう趣旨で月面探査レースは企画されたのです。

2004年には、エックスプライズ財団によりAnsari X PRIZE(アンサリ・エックスプライズ)が実施されました。これは、民間による最初の有人弾道宇宙飛行を競うコンテストで、お客さんを乗せて宇宙空間まで飛んで飛行機のように着陸する。そして2週間以内に次の飛行を繰り返すことが条件として与えられ、優勝チームには1,000万ドルの賞金が与えられました。この優勝チームの技術をもとにして、民間宇宙旅行が始まろうとしています。

Google Lunar XPRIZEは、エックスプライズ財団が企画する次なる世界最大のコンテストとして位置づけられます。この企画は2007年に発表されたのですが、参加者は「ベンチャー企業・大学を含めた民間チームであること」、世界で最初に「自分たちの力で月面に着陸し」「月面を500m以上移動し」「ハイビジョンクオリティの鮮明な画像を地球に送ること」が条件となっています。これまで月や惑星の探査は国や国際プロジェクトでしかできないと思われてきましたが、民間の有志でも月面探査は可能であるというきっかけを与えてくれる大きなチャレンジといえます。

その優勝賞金は2,000万ドル(1ドル100円換算で20億円)、二位やボーナス賞を含めた賞金総額が3,000万ドル(同30億円)という金額の大きさに目を奪われがちですが、主催者は技術的、金銭的な協力は一切してくれませんので、資金調達から技術開発まで、全て自分たちで準備をしなければなりません。
主催者が月まで連れいってくれて、そこから“よーいどん!”ってわけじゃないんですね(笑)。
それを考えるとすごく難しいチャレンジであって、そう簡単じゃないというのは誰もが容易に想像つくと思います。


そんな中、月面探査レースはアナウンスされ、2010年のエントリー締め切りまでに、最大で34チーム世界中から手が上がりました。
日本からは唯一私たちのチームが手を挙げました。最初はヨーロッパのチームと共同でWhite Label Spaceというチーム名でしたが、その後、ヨーロッパチームが下りてしまったので、2012年にチームHAKUTOと改名し日本単独のチームになりました。

私自身が大学の研究者として、宇宙ロボット、特に月惑星探査ローバーの研究開発を手掛けてきていましたので、技術的には負けない自信があります。
私は、国立大学法人の研究者として、国の宇宙開発プロジェクトに協力するのが本務だと思っています。小惑星探査機「はやぶさ」の開発に参加できたことは、素晴らしい経験として誇りに思っています。
しかし、月面探査を実現するという目標に向かう道筋は、国のプロジェクトという道筋一つだけではないと考えるようになりました。民間をエンカレッジするための世界的なコンペに参加することも、正しい宇宙開発のやり方だと思い参加を決心しました。実際に参加してみると、ベンチャー企業の立ち上げなど、いままでに経験したことのない新しい世界がどんどん広がっていることを実感しています。


【プロフィール】

吉田 和哉(よしだ かずや)

東北大学 大学院研究科 航空宇宙工学専攻 教授
極限ロボティクス国際研究センター・センター長

研究開発実績:
技術試験衛星VII型「きく7号」(愛称 おりひめ・ひこぼし)の軌道上実験に参加
小惑星探査機「はやぶさ」の開発に参加
小惑星探査機「はやぶさ2」搭載の超小型探査ロボットの開発を主導
大学人工衛星「雷神」「雷神2」「雷鼓」「DIWATA-1」の開発を主導
福島原発対応レスキューロボット「クインス」の開発に参加
月面探査レースに挑戦するチームHAKUTOローバーの開発を主導


好奇心集結。
HAKUTOと共に月を目指そう。

HAKUTOは企業だけでなく一般の方からの支援も募集しています。

公式サイトから気軽に応募でき、会費も¥1000-¥10000と手軽です。

特典も最新情報配信だけでなくグッズや特別イベントに招待など、魅力的な内容になっています。

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