プロフィール

東北大学 未来科学技術共同研究センター
准教授 永谷圭司
■経歴
2015年度 – 2018年度 : 東北大学、 未来科学技術共同研究センター、 准教授
2007年度 – 2014年度 : 東北大学、 大学院・工学研究科、 准教授
2005年度 – 2006年度 : 東北大学、 大学院・工学研究科、 助教授
2000年度 – 2004年度 : 岡山大学、 大学院・自然科学研究科、 講師
1999年度 – 岡山大学、 工学部、 講師

どこでも使えるロボットは、どこにも使えないロボット

永谷氏はフィールドロボットの研究者である。
フィールドロボットとは屋外で活動するロボットの総称で、災害現場など人間が行くことができない場所や、危険な場所で活動することが目的だ。
永谷氏はこれまで屋外で活動する災害ロボット、火山調査ロボット、プラント点検ロボット、建設重機の遠隔操作システム、土石流シミュレーションシステム、ダンプトラックの自動運転など、多種多様なフィールドロボットの研究開発を行っている。

今回取り上げる“火山調査ロボット”は、火山の噴火後に発生する土石流を予測するための、土石流シミュレーションシステムの精度を向上させるため、火山の調査データを収集することがミッションだ。
日本には噴火する可能性が高い活火山が多く分布するため、我が国にとって火山で発生する土石流の予測シミュレーションシステムは、人命を救う重要なシステムである。

このプロジェクトの背景には2011年に新燃岳が噴火した際、国土交通省が実施した土石流シミュレーションで土石流が発生すると予測し、住民に避難勧告を出したが、予測が外れたという苦い経験がある。
原因は立入制限区域内の火山灰の性質を調査することができず、過去に土石流が発生した雨量情報のみで、土石流の発生を予測したことにあった。

土石流シミュレーションシステムの予測精度を向上させるためは、火口付近や、土石流が発生する可能性のある渓流の調査が必要となる。
しかし、噴火した山は危険なため、人の立ち入りはできない。
そこで、永谷氏は人の代わりに現地を調査することが可能な、火山調査ロボットを開発することになる。
ロボットの研究開発を進めつつ、実火山環境における試験を繰り返すことで、2017年に火山調査ロボットが完成し、雲仙普賢岳での実証実験に成功した。
火山調査ロボットの調査測定ミッションは4つ。

(1)マルチローターによる降灰厚スケール投下と画像分析による“降灰量の測定”

(2)マルチローターの自律飛行による、土石流発生の恐れがある渓流の“三次元地形情報の測定”

(3)火山灰採取ロボットによる、火山灰の採取と表面の画像取得及び水の浸透具合による“灰の性質の計測”

(4)雨量計を搭載した小型移動ロボットによる“降雨量の測定”

永谷氏が研究開発したロボット等が取得した、地形情報、降灰量、灰の性質、降雨量のデータを活用することにより、土石流が到達する範囲を予測するシミュレーションシステムの精度が向上した。

このプロジェクトで一番苦労した事をお聞きすると、当初は火山から何を取ってきて、何が分かればいいのか?ユーザーと話しをしてもほとんど理解できなかったことを挙げられた。
ユーザーに要望を聞くのだが、ユーザーと研究者との言葉の解釈に差異があったため、コミュニケーションがうまく取れなかった。
そのために研究開発方針が迷走し、ユーザーから怒られることもあったという。

しかし、永谷氏はユーザーとの話し合いを根気強く重ね、相手の立場に立ち要望を聞く事で、ユーザーの求めるロボットを開発することができた。
結果として、出来上がったものは、ロボットっぽくないものばかりだったが、求められているのは現場で使えるロボットであり、研究者側が必要と考える高性能な機能は、研究者の独りよがりであることが非常に多いということを痛感する。

永谷氏はこれまでの火山調査ロボットの研究開発を振り返り、こう語る。
「これまで雲仙普賢岳、桜島、浅間山などで実験を行う中で、僕が一番驚いたのは“どんなところでも使えるロボットはいらない”と言われたことでした。
火山の防災では、全ての山が特殊で一つひとつ性質が違うため、どこの山でも使えるものを作ったとしても、誰も信じてくれない。
だから、ユーザーからは「浅間山で使えるものを作ってください」と言われ、私たちは浅間山で実験したロボットを提供します。

それは、僕にとって新鮮で、普通の学問とは違うところだと感じています。
一般的に学問というのは、様々な事象を抽象化・体系化することが目的であり、それが上手くいけば教科書にすることができます。
しかし、その考えを真っ向から否定されてしまったわけです。
「浅間山だけで動けばいい」みたいに。
浅間山できちんと動くロボットができれば、次は別の山のユーザーが自分のテリトリの山の環境と比較し、そこでも役に立つロボットを考える。
実際にそれらの技術を積み重ねることで、その先にある抽象化したロボットが造れるかもしれません。
しかし、現在役に立つロボットを造ることを考える時には、目指すは一個一個、一山一山でなければ、上手くいかない。

一方で、教育者としては、学生の卒論とか修論には、新規性や一般性が必要になるため、非常に苦労しています。
ユーザーが欲しい動くものをちゃんとつくるためには、新規性なんて言っている場合じゃないですから。
これが、今の私のジレンマです。」

志すきっかけとなったロボットと恩師と不思議な縁

そんな永谷氏が、ロボットの道を志したのは小学5年生の時。
自宅にパソコンがあったため、小さい頃からコンピューターには慣れ親しんでいた。
ある日、コンピューター雑誌を読んでいると、マイクロマウス大会の記事を見つけ、興味を惹かれる。
マイクロマウスというのは、小型の自走ロボットにコンピューターを搭載し、自律制御で迷路のゴールに到達するまでの時間を競うロボット競技である。
そして、永谷氏が初めて造ってみたいと憧れたロボットでもあった。

とある雑誌のQ&Aを見てみると“マイクロマウスをやるためには、何をやればいいですか?”という質問があり、その答えは“大学の電子工学部にいって勉強しなさい”と書いてあった。
「じゃあ僕は、電子工学部に行こう」と、その時ロボットの道を志す。

その後の進路はまったくぶれず、筑波大学の情報系の学類に進む。
大学ではロボット研究者として有名な油田信一教授の研究室に入り、ロボット研究に邁進する。
ある日のこと、研究室の倉庫を片付けていると、見たことのあるロボットが置いてあった。
そのロボットは、子供の時に憧れていたマイクロマウスだった。
「なぜこんなところに……」
なんと油田教授はマイクロマウス大会を、日本で立ち上げたメンバーの一人だったのだ。
永谷氏は不思議な縁を感じつつ、大学の四年生から大学院でドクターを取得するまでの6年間、油田教授を師事し、ロボットを学ぶことになる。

現在、注力しているフィールドロボットの研究を始めたきっかけは、東北大学の吉田和哉教授の宇宙探査ロボットの研究室に助教授として入ったのが始まりだった。
決めた理由は「フィールドロボットは、解決すべき課題が屋内よりも多く大変なため、やりがいを感じた」と話す。
その後、吉田教授の宇宙探査ロボットと並行して、東北大学 田所諭教授の災害ロボット“クインス”のプロジェクトにも参画し、フィールドロボットの知見を広げていった。

研究者としての価値観が一変した日

永谷氏の研究のモットーは“人の役に立つロボットを造ること”だ。
昔は自分が実現したいロボットを造りたいという夢もあったが、今は人の役に立つロボットを造ることが夢だと話す。
その価値観が変化したきっかけは、2011年迄遡る。
当時、災害時に地下街を探査するクローラ型移動ロボット“クインス(Quince)”のプロジェクトに参画していた。
プロジェクトも残り20日間を切った3月11日。東日本大震災が起こる。

数日後、原発の建屋内を調査する方法を探していると連絡が入り調査するロボットを出せないか相談を受ける。
すぐさま、クインスのプロジェクトメンバーは、クインスを原発の調査用に改良し、東電へ引き渡すためのプロジェクトを立ち上げ、永谷氏もそのプロジェクトに参画した。
しかし、震災直後で被災地にある東北大学では仕事にならない。
そこで一緒に研究していた千葉工大に行き、それから3ヶ月間クインスの開発に没頭した。

そんな最中、4月にはアメリカのパックボットというロボットが原発に入り、マスコミからは“日本のロボット研究者は何をやっているのだ”と叩かれていた。
当時の永谷氏たちは「僕らも精一杯やっているよ」という気持ちで頑張っていたという。
完成したクインスは、6月に原発に投入され、無事原発内を調査し、線量を取得することが出来た。
難題ではあったが、この時の人々の役に立てたと感じた達成感は、今も忘れられないと永谷氏は話す。

そしてこの時、ユーザーがいる事の大切さを実感したという。
震災当時、東電の方と話しをする中で、永谷氏たちは、“未知環境でも三次元の環境情報が取れます”とか、”クインスが2台入れば、探査できる範囲が広がります”など、様々な提案を行った。
しかし、東電の人からは「中は知ってるから3次元計測は必要ない」、「オペレータが増えれば被曝者が増える」と言われた。

永谷氏は当時を振り返りこう話す。
「当時は緊急対応の初動で、東電が必要とする情報には先端技術が必要なかったんです。しかしながら、私達の提案は現場の状況を深く考えていませんでした。
その時、“ロボットは人の役に立たなきゃいかん“と強く感じ、その後の研究スタイルが大きく変わるターニングポイントになりました。

大学は研究教育機関であるため、所属する私たち研究者は、新規性のある面白いものを研究し、学問にしたいという気持ちが強いです。もちろん大学ですから新規性は重要であり、新しいアイデアを生み出すことは大学の役割であると考えています。
しかしながらこの震災で、ロボットは役に立たなきゃ全く意味ない、使えないと意味ない、ということを見せつけられました。」

この震災を機に、永谷氏は「役に立つものをつくることの大切さ」を学んだという。
そして「これからはしっかり腰据えて役立つものを研究しなきゃいけない」と決意し、宇宙ロボットの夢を捨てる決心した。
この時、永谷氏はユーザーのニーズを満たし、“人の役に立つモノを造る”という工学の原点に回帰したのだ。

ロボット研究は“モヤモヤとしたものをうまく組み合わせる”

永谷氏は研究で大切にしてことが2つある。
それは“現場重視”“手で考える”こと。
“現場現実”を大切している理由は、フィールドロボットは野外の様々な環境で動かないと意味がないからだ。
そのため、徹底的に現場で実験を行い、完成度を上げることが求められる。
永谷氏は「“ここ(実験室)で動くから、現場でも動きます”という理屈を僕は信じない。」と話す。

そして2つ目の“手で考える”とは、要するに手を動かせということだ。
「色々考えないでまずやってみなよ、やってみたら大体わかる」という永谷氏の経験に基づく指針である。

永谷氏 「私が好きな言葉は”Think with your hands(あなたの手で考えなさい)“(Prof. Mark Yim、 University of Pennsylvania)です。
私は深く考えて動くのではなく、手を動かして失敗して学ぶタイプです。

ロボット研究は“モヤモヤとしたものをうまく組み合わせる“ことが非常に重要だと考えています。
ここで「モヤモヤしたもの」というのは、ロボットに必要な要素技術のことであり、それぞれ様々な研究者やメーカーが、それぞれの立場で個別に開発を進めておりますが、これを上手いこと組み合わせて使わないと、ロボットは思い通りに動いてくれない。(これをシステムインテグレーションと呼びます。)
その時、“手で考える経験”が非常に大切になります。
対象となる環境で、ユーザーのニーズを満足するには、どのような技術をどのように組み合わせるか、これは、少なくとも現状では、どんな教科書にも載っておりません。
手を動かして経験を積んで、現場へ行って動かして、というのを繰り返すしかないと考えています。

2011年の震災以降、私の心の中には“人の役に立つロボット”というのが根底にあるのだと思います。」

永谷氏は、これからフィールドロボットで様々な環境で獲得した、研究ノウハウとアルゴリズムを組み合わせ、人の役に立つロボットソリューションの提供を目指している。
現在は、その目標実現に向け“現場を重視する“を大切に、一つのニーズにフォーカスしてロボットを造り、“手で考える”スピード感を上げ、研究を進めていきたいと話してくれた。

夢は日本発のフィードロボット拠点

現在、フィールドロボットの社会的なニーズは増加傾向にあるが、日本の研究者と開発者の数はまだまだ少ない。
永谷氏はこの問題を解決するため、全国にいるフィールドロボット研究者のみならず、メーカーやユーザーが集まり、大規模な研究開発ができる“フィールドロボット拠点”を創りたいと考えている。
そして、拠点に集まった人たちと、これまで一人では出来なかった大きな仕事がしたいと、熱い想いを話してくれた。

拠点のイメージは、永谷氏がポスドク時代に所属していた、カーネギーメロン大学のフィールドロボティクスセンターである。
このセンターは、米国内外のメーカーの技術者や大学の研究者が集結し、研究開発も大規模なものが多かったという。
永谷氏は日本にもこのような拠点を造ることで、“ロボットによる労働力不足を解消する“という社会課題を解決できれば、と考えている。

しかし、日本のフィールドロボットの研究開発の現状は、研究者、メーカー、ユーザーの連携が少ない。

永谷氏 「ロボットで全てを解決するのではなく、もっと手前で解決できる事がたくさんあるのに、それすらできてないのがちょっと悔しいです。
そして、社会課題を解決するためには、僕一人だと全然足りない。
だから、共に社会課題を解決できる仲間が集まるフィールドロボット拠点を創りたいのです。

そのために、今は同じ志を持った仲間を増やしたい。
1を聞いて10を知るような人じゃなくて、モヤモヤしたような感覚を共有できて、泥臭いことも一緒にやれる仲間が欲しいと思っています。
フィールドロボットの研究開発をしている仲間を募集中です。」

ロボット研究者 永谷氏からのメッセージ

何かやろうと思って迷ったら、まずやる。
とにかく手を動かして、まずやってみる。
そして、動くものに興味持ってください。
大切なのは”Think with your hands(あなたの手で考えなさい)“です。
理屈は、後からでも学べます。

次に目的をしっかり持つ。
目的を持つと物事が進み、今の問題が明確になります。
問題が分かれば、学習する範囲が明確になります。

行動することを躊躇わず、まず行動してほしい。
さらに、言われたことをやるだけではなく、もっと“はっちゃけろ”と言いたい。
ロボットが壊れることを恐れると、その先には行けない。
私がいうThink with your handsの言葉の裏には、壊してもいいよという想いがある。
私も、いろいろなものを壊して来ましたから。

研究なんだから失敗を恐れないでほしい。
そして、失敗することに対して、もっと前向きになって欲しい。
私がいう“はっちゃけろ”とはそういうことです。

あなたの手で考え、現場で現実を見て、あなたの答えを導き出してください。

URL:http://frl.niche.tohoku.ac.jp/

永谷氏の取材を終え、私は行動を起こす時、誰のためにしているかを、その人たちが何を望んでいるかを考えることの大切を実感した。

東北大学 吉田和哉教授の記事: