プロフィール

山形大学大学院理工学研究科
教授 井上 健司(Inoue Kenji)

山形大学大学院理工学研究科 教授 井上 健司

経歴

2007年 – 現在  山形大学大学院理工学研究科 教授
2001年 – 2006年 大阪大学大学院基礎工学研究科 助教授
1998年 – 2001年 大阪大学大学院基礎工学研究科 講師
1995年 – 1998年 大阪大学工学部 講師
1993年 – 1995年 大阪大学工学部 助手
1988年 – 1993年 東京大学工学部 助手

ロボットをつくる意味

あなたがもし、これから新しいロボットの開発に着手するとしたら、どんな企画書を書くだろう。
読み進める前に、一度想像してみてほしい。

作ってみたいロボットのイメージが固まっただろうか?それでは、はじめよう。

一般的にロボットを造る時、何か目的が必要だといわれる。
あなたが考えたロボットも、きっと何かの目的を持ったロボットだったのではないだろうか。
しかし、今回ご紹介する井上氏は、「目的のあるロボットを造るなら、ロボットじゃないものを造ったほうがいい」と考える、ユニークなロボット研究者だ。

井上氏「昔は駅員さんに切符を渡すと、パチンとハサミで切符を切って、返してくれましたよね。
この仕事を、そのままロボットに置き換えようと思ったら、人型ロボットが改札口に居て、人が通り過ぎる一瞬の間に、渡された切符を掴んで、パチンとハサミを入れて返すわけです。

出所:wikipedia

《手作業で改札業務を行っている様子》

でも、現実はそういうふうになっていない。ロボットではなく、自動改札機になっています。
特定の業務を目的としたロボットを作ろうと思うと、他に最適な方法がいくらでもあるので、ロボットである必要はなくなります。
業務を肩代わりしてくれるロボットを造るより、その業務に特化した専用の機械を造った方がはやいんです。」

しかし、一つのことしかできない機械を造っていると、今度はイノベーションが起きにくくなる。だからロボットと言う以上、色々批判はあっても、一台で色々な事が出来るものであって欲しいと語る井上氏。
ロボットの可能性を信じ、その価値を追求するロボット研究者にお話を伺った。

生き物のコピーでは意味が無い

現在、井上氏は様々なロボットを研究しているが、その中でもユニークな研究がこの6脚ロボット。名前のとおり6本の脚で移動や物体の運搬ができるロボットである。現在は、機構の制約条件の中で、機能性を高め、出来ることを増やしていく研究をしている。


《6脚ロボット》

このロボットは、胴体とそこから生えた6本の脚で出来ており、まるで昆虫の様な形状だ。
井上氏は、例えばカブトムシを模倣し、カブトムシと同じことが出来るロボットを造ったとしても、生き物の動きをそのままコピーするだけでは発展性が無いと指摘した。その生き物には無いエッセンスを取り入れ、オリジナルには出来ないことが出来るようになることで、ロボットとしての価値が高まると考えている。

確かにこの6脚ロボットは、昆虫のような形状をしているが、4本の脚で立ち上がったり、前腕2本で高いところにあるものを掴んだりできる。
現実の昆虫にはできない動きを追加することで、ロボットの可能性は広がっていくという井上氏の考えは納得させられる。

《4本の足で立ち上がる6脚ロボット》

出来る機能の数だけ、ロボットの可能性が広がる

井上氏がロボット研究で大切にしているポリシーについてお聞きした。

井上氏「通常、機械は特定の作業を自動化する目的があり、その目的を達成するために一番良い機構や機能なんかを考え、つくるというのが一般的な工学の考え方ですが、何となくロボットは逆だろうなと感じています。

つまり、まずロボットがいて、そのロボットを活用できる道が多ければ多いほど、そのロボットの価値は高まるという考え方です。

災害現場で使うレスキューロボットを例に考えてみると、活動する災害現場には、どのような障害物があるか分かりません。
例えば、レスキューロボットに高い瓦礫を飛び越える機能をつけたとしても、現地に行って高い瓦礫があれば使うし、無ければ使わないので、実は要らない機能かもしれない。

東日本大震災の被災地の様子出典:wikipedia

《東日本大震災の被災地の様子》

だけど、その機能が無かったら、高い瓦礫があった時、そこから先には進めない。
不要になるかもしれない機能だったとしても、やっぱりその機能があることで、さらに先へ進める。
ロボットって、そういうものかなと思います。
最適化だけを考えたら、使うかわからない機能は不要なんですよね。
そう考えると、ロボットって最適化という概念ではないんです。

目的が明確な仕事があって、それを実現するのは、最適な機械になります。
ロボットには最適という概念は無いので、色々なことが出来るけど、一つ一つの仕事を見ると全部不得意になる。
でも、たくさん出来ることで価値が高まるっていうのが、ロボット研究の目指すべきところだと考えています。

昔から、ロボットは最初は多機能・高コストなものが出来るんです。
だけど、製品化するときには、この機能ははずしましょう、この機能もはずしましょうってやっていくうちに、最後にはシンプルなものが残ります。
そして、最後に残った要素技術が自動機などになり、活用されるんです。

優れた自動機って、それ単体で生まれてくることよりも、ロボット研究開発などのエッセンスとして生まれることが多いのです。

工学の一番混沌とした世界がロボットの研究開発で、そこから生まれたエッセンスが優れた自動機になり、世の中の役に立つ。
だから、新しいロボットが生まれては消え、生まれては消えを繰り返しているのです。

多機能なロボットで、“万能ロボット”として完成されたものはありません。ですが、そこで生まれた技術や知識が、世の中で広く使われて、便利になっているのです。
それで満足していいのかは、分からないですけどね。

ただ、私たち大学は、新しい方法論や原理を発見することが一つの使命ですので、私たちが考え出した方法論などを、みなさんが使ってくれれば、それが私たちの成果だと考えています。」

使うか使わないか分からない、不要かもしれない機能でも、それがあることでロボットの可能性が広がる。だからロボットは、一つ一つは不器用でも出来ることが多いほど価値が高まる。
一般的な工学の考え方とは真逆の道筋でロボットを考える井上氏。そのユニークな考え方に感銘を受けた。

6脚ロボットと井上先生《6脚ロボットと井上先生》

「これは役に立つのか?」で視野を狭めない

井上氏から、ロボットの研究者・開発者を目指す方にむけて、メッセージをいただいた。

「現代は小さい頃から夢を持てって言われる社会ですが、本当はそんなものいらないんです。
小さい頃に持つ夢って、サッカー選手やパン屋さん、宇宙飛行士など、色々ありますよね。
でも、世の中をあまりみないうちに、これって決めちゃうと、残りの可能性をすべて排除してしまう。

本当はもっと面白いものがあるかもしれないのに、それに見向きもせずに突き進んじゃいます。
だから、はじめからあまり枠をつくらずに、広く、様々なものをみることのほうが大事だと思います。

別に学生のときに夢を持ってないからだめってことはないし、夢があっても自分の仕事にした人なんてほとんどいないわけです。

これからロボットをやりたい人も、専門分野を限定しないで、何でもやってみるのがいいと思います。
はじめからこれって決めて、それ以外のことはやらないということだけは、しないでほしい。

ロボット研究や開発の仕事では、様々なことが求められるので、聞いたことがあるレベルでもいいから、知っていることを増やすことが大事なんです。

“これ役に立つのかな?”って思ったら、まずはやってみてください。必ず将来のあなたの役に立ちます。」

井上研究室のみなさん《井上研究室のみなさん》

「たくさんのことができるロボットを追い求め続ける」という、井上氏が抱く理想は、きっと最も困難で、その道のりは果てしないものだろう。

だが、私たちが子供の頃に、一番はじめに思い描いた「ロボット」は、きっと何でも出来たのではないだろうか。空も飛べれば水中にも潜れる、足も速くて力もち。そんなロボットに憧れ、ロボット研究の道を志した人は少なくないはずだ。

今回井上氏が語った、「たくさんのことが出来てこそ、価値あるロボットだ」という考え方は、万能ロボットを追い求める人々が困難に直面したとき、支えとなり、勇気を与えてくれるだろう。

井上研究室:https://bio-robot.yz.yamagata-u.ac.jp/index.html