後編【宇宙&ロボット】宇宙少年だった吉田和哉教授が挑む、月面レース世界一への道

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一直線で行くよりも寄り道をした方がいいんだよ!
天文学を夢みる少年が、ロボットの世界へ


【前編はこちら】

宇宙探査プロジェクトは10年単位、それを支えるモチベーションとは

宇宙探査プロジェクトには時間がかかります。
例えば、小惑星探査機「はやぶさ」は、プロジェクトマネージャーの川口淳一郎先生が最初にアイディア持たれたのが、1990年代初めの頃だったと言われています。
1996年に正式にプロジェクトが立ち上がって、探査機が打上げられたのが2003年です。
私は、この7年間の開発期間中に重点的にプロジェクトに参加させてもらいました。

打上げ後、2年間かけて目標の小惑星イトカワに到着したのが2005年、岩石サンプルを採集して無事に地球に帰ってきたのが2010年ですから、7年間の長旅でした。
それだけ遠い世界を旅してきたわけですが、最初の構想からミッション達成までおよそ20年、宇宙探査プロジェクトには時間がかかります。

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このように、月以遠の惑星や小惑星を訪ねる新宇宙探査プログラムにはどうしても時間が必要なのですが、地球のまわりを回る人工衛星のプロジェクトも、やはり軽く10年単位の開発期間がかかる、というのが国プロジェクトとしての宇宙開発の常識です。

長い年月にわたってモチベーションを維持するのは大変ですねとよく聞かれるのですが、「何かを成し遂げたい」というゴールが明確であれば、そしてゴールに向けて各メンバーがなすべき仕事が明確であれば、途中でぶれることは無く、振り返ってみれば10年でも短いと当事者は感じているはずです。
しかしながら、結果が得られるまでに10年も20年ももかかる世界では、一人の人間が生涯のうちに関わることができるプロジェクトの回数も限られますし、技術革新もスローペースにならざるを得ません。

私が最近取り組んでいることは、この宇宙開発のサイクルを一気に短くすることです。
その秘訣は、衛星や探査機の規模を小さくすることです。コンパクトにすることによって、コストを下げ、短期間での開発が可能になります。ひとつのミッションでできることは限られてしまいますが、機能を限定した小さなミッションを短期間で繰り返すことができれば、結果的により大きな成果により早くたどり着くことができると考えています。


東北大学の私の研究室で「雷神」と名づけた重さが50kg程度の人工衛星を開発して、2009年1月に打上げました。
これは2007年5月より設計・製作を始めて、約1年半で完成させました。
そもそも人工衛星を一から作るということが私にとっても最初の経験でしたが、経験豊富な方々からいろいろなことを教わって、研究室のスタッフや学生諸君とともに力を合わせて、とにかく完成させることができました。
その後、やはり短期間・低コストで開発した「雷神2」(2014年打上げ、開発途中で2011年の大震災等による休止期間あり)では、プロの衛星にも負けない成果をあげることができました。
これらの人工衛星では、地球を周回する軌道から高解像度の地上画像を撮影するため(リモートセンシング)の新技術を開発しました。
重さが何トンもあるような大型の人工衛星では10年かかることを、1~2年という期間で、開発費用も大型衛星の100分の1で作ることができたのです。


「雷神2」の成功を受けて、フィリピン政府から契約をいただき、フィリピンからの留学生とともに「DIWATA-1」という50kg級の人工衛星を1年間で完成させて、これは2016年4月に軌道投入されました。
いま、フィリピン国の自然災害監視や農林水産業に役立てるために、順調に観測ミッションを行っていますが、さらには2号機の開発も進めています。
このように、人工衛星を使って宇宙から、このような、あのような観測をしたいという着想を得てから、数年以内にはそれが実現できるという宇宙開発の新しいライフサイクルが生まれてきているのです。
私の研究室で手がけた人工衛星は、現在開発中のものも含めて、あっという間に5機を越えようという勢いです。
回を追うごとに、さまざまなノウハウも定着し、技術の安定性・信頼性も高まってきていることを実感しています。


短期間で開発をしてその結果が一、二年後に分かり、その経験を次の開発にフィードバックするというサイクルが、技術革新のスピードを早め、モチベーションの維持にもなり、より多くの人を惹き付けるという効果を産み出してきていると思います。
そこが宇宙開発を変える一つの大きなポイントだと思います。


月面探査レースでいま目指していることは、小型の人工衛星で実践してきたことを、月面探査の世界にまで広げようということです。これまで、月惑星探査は、国家プロジェクトでしかできない、開発には数100億円以上かかって、構想から実現まで何10年もかかると思われてきたと思いますが、大学や民間ベンチャー企業が真剣に取り組めば、この流れを大きく変えることができる!というのが、このコンペの本当の意義だと思っています。

グーグル・ルナ・エックスプライズは、2007年に参加者の公募が開始されました。その10年後の2017年の年末がプライズ達成の最終期限となっています。
当初の期限は2012年でした。しかしながら、はじめの一歩の産みの苦しみの中で、どのチームも未だ目標達成できずに、達成期限も何度か延長されてきました。しかしながら、あと1、2年で決着がつくだろうと現場レベルでは感じています。
私たちのチームは2010年に旗揚げし、2011年8月下旬に探査ローバーの最初の研究開発モデルをお披露目しました。
そして5年後の2016年8月下旬、実際に月に向かって飛んでいくローバーのフライトモデルの最終デザインを公表しました。
ゴールはもう目の前に近づいてきているという実感があります。しかし、ゴール達成までの産みの苦しみも日々増してきているという状況です。

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最終的な有力候補は、私たちのHAKUTOを含めて、数チームに絞りこまれてきています。
最終的にどのチームが優勝するにせよ、世界中で複数の民間ベンチャーが月へ向けて探査機を打ち上げようとしているのです。
このレースをきっかけとして、国だと何十年もかかる月面探査プロジェクトが、どんどん民間人が挑戦できて、成果をあげることができる時代へと進んでいくことになるでしょう。
自分たちの手で月面探査をしたい!という大きなモチベーション、時代の流れを変えたい!という大きなゴールに向かって、ラストスパートが始まっています。

そういう大目標達成の当事者をやっているということ自体が大きな誇りです。
もちろん、レースで優勝すること、その日が一日も早く来ることを、強く願っています。

天文学者になりたかった少年が宇宙ロボット学者に

私は子供の時から宇宙が好きで、もともと天文学者として宇宙に関わる仕事をしたいと思っていました。
しかしながら大学入試では、一浪して挑戦したにもかかわらず、第一志望の理学部には入学できずに、第二志望の工学部になりました。

入学した直後は「本当に行きたかった理学部に行けなかった」という、悔しい気持ちで悶々とした時期もありました。あくまでも趣味として宇宙は続けようと思い、「天文研究部」というサークルに入りました。月に1回のペースで、空気のきれいな関東近郊の山に出かけて、美しい星空を見上げ、星空の写真を撮影する活動を大学院生になるまで続けました。

当時、1980年代前半は、ロボット工学、ロボット産業がワーッと盛り上がっていった時代でした。あの当時、今もそうかもしれないですが、工学部で一番魅力的なテーマはロボット工学でした。そしていつしか私もロボット工学に興味を持つようになりました。


yk_02_05学生時代のある日、ロボット工学の黎明期に活躍された森政弘先生の「ロボット工学」の講義の中で、こんな話がありました。

『第一志望でずっととんとん拍子で来ている人っていうのは、逆にその道しかものが見えない、第一志望以外で寄り道した人はいろいろな経験をして視野が広がるから、実は一直線で行くよりも寄り道したほうがいいんだよ、第二志望っていうのが実は一番大事なんだ。』

この話を聞いて、まるで自分の事を言われるようで、すごく励みになりました。


大学院では、ロボット工学研究でたいへん人気のあった梅谷陽二先生の研究室に入ることができました。
そして、博士課程への進学を視野にいれた研究テーマについて相談した際、『君は宇宙が好きみたいだし、宇宙開発や宇宙探査のためのロボットの研究をするとよい』とのアドバイスを頂きました。梅谷先生は、私が天文研究部で活動していることもご存知だったのです。

理学部ではないので宇宙の研究はできないと、第一志望が通らなかったときに悔しく思ったのは、単に視野が狭かっただけのことに気づきました。
宇宙開発や宇宙探査をするためには工学技術は不可欠ですし、これからの時代、ロボット工学が宇宙探査を牽引していくのです! 私はこのアドバイスに光明を見出した気持ちになりました。
一見宇宙とは無縁の世界にそれてしまったと思っていた工学部、それがロボット工学を通して、宇宙につながったのです。

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日本のロボット産業は、普及元年と呼ばれる1980年から飛躍的な成長をはじめました。
一方、アメリカでは1981年4月にスペースシャトルの初フライトが成功し、同年の二度目のフライトからシャトルの上にロボットアーム(カナダアーム)が搭載され、名実ともに、宇宙&ロボットの時代が始まりました。
その成功を受けて、アメリカではスペースシャトルとロボット技術を駆使して、宇宙ステーションを建設することが盛んに議論されていました。
梅谷先生からアドバイスを受けたのが、ちょうど1985年頃。私は、最新のNASAレポートなどを読み漁り、技術課題を整理して、博士論文では、『宇宙ロボットの力学と制御』をテーマとして研究をまとめました。それが1990年でした。

自分の研究成果が宇宙へ

1995年に縁あって東北大学に転任し、新しい研究室を立ち上げる機会をいただきました。
最初の年は、学生3名のみという小さな所帯でのスタートとなりました。
小さいけれど元気な研究室にしたいと思った私は、自分たちの研究成果が本当に宇宙へ飛んで行くような研究をしよう、と学生を励ましました。

最初にそのようなチャンスが訪れたのは、1997年に打ち上げられた日本の技術試験衛星「おりひめ・ひこぼし」(ETS-VII)です。
地球の周りを回る無人の人工衛星の上にロボットアームを搭載したもので、軌道上の微小重力空間の中でロボットアームを使って、構造物をハンドリングしたり組み立てたりする技術実証試験が行われました。私はこの機会を利用して、自分の博士論文の中で開発した新しい宇宙ロボットの制御法を、宇宙空間で実証することができました。

この「おりひめ・ひこぼし」は世界最先端の軌道上ロボット実証衛星でした。そこでの成果は、こんにちの宇宙ステーション補給機「こうのとり」のランデブー技術に活かされています。私自身も、いくつかの世界初の実験を行うことができました。


実は今、宇宙開発の重要な課題の一つに宇宙ゴミ『スペースデブリ』の問題があります。
宇宙空間には、寿命が尽きてしまった衛星や、打ち上げロケットの残骸などがたくさん飛んでいて、それらが衝突してしまうと細かな破片を生じ、その破片がさらにあらたな衝突を引き起こすという破片衝突の連鎖が懸念されています。そこで、そうなる前に宇宙ロボットが飛んでいって、残骸を捕獲して大気圏に突入させるなどの宇宙の掃除屋のような仕事を行うことが期待されています。まだまだ、技術的にも経済的にも難しい課題が残されているので更なるチャレンジが必要なのですが、その原点となる基礎実験を1997年に日本が世界に先駆けてやっているということを、ぜひ知っていただければと思います。


「おりひめ・ひこぼし」と相前後する形で、上述のように、1996年から小惑星探査機「はやぶさ」の開発プロジェクトに参加する機会をいただきました。実は、「おりひめ・ひこぼし」で実証した宇宙ロボット制御の技術が、「はやぶさ」が小惑星イトカワ表面で岩石の破片(サンプル)を採集する技術にも繋がるだろうというのが出発点でした。
実際には、「はやぶさ」の最終形態にはロボットアームは搭載されませんでしたが、岩石サンプル採集を行う際の探査機と採集機構の動きを解析する際に、私の経験を活かすことができました。

1997年頃からは、月面探査を想定した車輪型の探査ロボット(ローバー)の基礎研究も始めました。そして2000年台にはいると、先ほども紹介した、大学で「雷神」「雷神2」などの人工衛星を開発する活動、そして月面探査レースへの挑戦へと展開してきています。

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私がもともと理学指向だったことが、実はいま、私の中で大きな意味をもってきているように思います。
「はやぶさ」が持ち帰った岩石の破片からは、太陽系の惑星形成の過程を紐解く重要な証拠が読み解かれています。「雷神」「雷神2」でやりたかったことの一つに、「スプライト」と呼ばれる地球大気高層で発生する「宇宙雷」の観測がありました。「雷神」「雷神2」ではこれらの観測はできなかったのですが、同じ観測装置を用いた別のプロジェクトでは「スプライト」の観測に成功し、「宇宙雷」のメカニズムが明らかになりつつあります。

月面探査ロボットの開発でも、現在はレースに勝つことをまず目標に進めていますが、前篇でもお話したように、その先のミッションとして極域での氷探査や、この他にも、かつて月面上の火山活動により形成された溶岩トンネル(自然のシェルターとして人の居住空間として有望視されている)の探査なども視野に入れており、これはまさに月のサイエンスに直結する話です。
このように、いろいろなプロジェクトを通して、宇宙科学や惑星科学を専門とする方々と一緒に仕事をする機会も得て、宇宙探査にかかわることに本当にワクワクしています。

色々あちこちでやってきたことが、ロボット開発に活かせた

宇宙探査と災害現場の探査には技術的な共通性があります。
ともに、人が行くには危険な世界です。よって遠隔探査ロボットの活躍が期待される分野です。
月や惑星というのは砂や岩石でできた荒涼とした自然地形、不整地です。
災害現場には様々な状況がありますが、たとえば建物の崩壊現場や瓦礫の山となった場所は、月惑星表面と似ていると言えます。そのような場所で、人に代わって遠隔操縦のロボットが探査を行うことにより、的確に状況を把握したり、要救助者を発見することが期待されています。


2011年3月に発生した東日本大震災にともなう津波により、福島原発では重大な状況が発生してしまいました。水素爆発が起き原発建屋の一部が吹き飛び、「瓦礫が散乱し混沌とした状況」「放射線が非常に強くて、人が入っていくことが出来ない状況」が発生してしまいました。この状況に際して、千葉工業大学と東北大学が共同開発したレスキューロボットの「クインス」が、最初の3ケ月~1年目頃までの初動活動に大きく貢献することになりました。
不整地での走行性能に関しては「クインス」は世界一の運動特性を持っていました。しかしながら、放射線環境で搭載電子制御機器が正しく動作するのか、ということが問題になりました。日頃のロボット開発では、電子機器の放射線耐性を気にする必要はありません。ですので、ロボット研究者で放射線に詳しい方はほとんどいらっしゃいませんでした。


一方、大気圏を飛び出して宇宙空間へ飛んでいく電子機械システムを開発している宇宙機開発者にとっては、電子機器の放射線耐性については、基本中の基本というべき要素の一つです。
私自身は、「雷神」などの人工衛星の開発を手がける過程で、電子機器選定のための情報収集を行ったり、実際に放射線被曝試験を行うなどの経験を積んできていました。
実際に宇宙空間を飛行した動作経験に基づき「こういう電子機器であればこの程度の被爆量まで動きますよ」という実績値を持っていましたので、その経験を「クインス」の開発に活用し、「クインス」は放射線が強い現場でもうまく機能することが出来きました。
私が色々あちこち寄り道してやってきたことが、思いがけずも想定外の状況で役に立った好例と言えるかもしれません。

失敗を恐れてはいけない

世の中には失敗を咎める風潮があります。
特に宇宙開発の分野では、小さな不具合により何百億円もの宇宙機が失われるようなトラブルが起きてしまいます。有人システムであれば人命がかかっていますので、なおさら安全性を高めることが強く求められます。
しかしながら、世の中に絶対はありません。絶対に故障しない機械や、絶対安全なシステムも存在しません。「絶対に失敗しない」を追求すると、実は「何もしない」が答えになってしまいます。そんなことではイノベーションなど起こせません。


大きな失敗をしない最大の秘訣は、小さな失敗をたくさんすることです。
失敗から多くの教訓を学ぶことができます。失敗を分析することで新しい発見ができます。失敗の経験は人を強くします。状況を見極め、正しく対処する能力は、経験によってのみ培われるのです。
人生は試行錯誤の連続です。回り道をしながら、常に新しいことに挑戦し、うまくいかない経験を積み上げてきたことが、自分を強くしてくれていると思います。


月面探査レースへの取り組みは大きな挑戦です。
きわめてリスクの大きな挑戦といえます。しかしながら、決して無謀な挑戦ではありません。
成功すれば、これからの宇宙探査の進め方に新しい旋風を巻き起こすことになるでしょう。
もしも一回目で成功できなければ、次の機会を模索するだけです。
失敗の教訓を活かすことができれば、より成功率の高い道が見つかるはずです。


【プロフィール】

prof吉田 和哉(よしだ かずや)

東北大学 大学院研究科 航空宇宙工学専攻 教授
極限ロボティクス国際研究センター・センター長

研究開発実績:
技術試験衛星VII型「きく7号」(愛称 おりひめ・ひこぼし)の軌道上実験に参加
小惑星探査機「はやぶさ」の開発に参加
小惑星探査機「はやぶさ2」搭載の超小型探査ロボットの開発を主導
大学人工衛星「雷神」「雷神2」「雷鼓」「DIWATA-1」の開発を主導
福島原発対応レスキューロボット「クインス」の開発に参加
月面探査レースに挑戦するチームHAKUTOローバーの開発を主導


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紹介 さとう まいこ

ロボット業界は、当たり前ですがロボットにスポットが当たります。しかし生み出す人がいなければ生まれないロボットです。ロボットクリエイターの方々、ロボット業界に携わる方々の素敵な情報をお伝えできればと思います。

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