【介護移乗×ロボット】 ロボットで、負担のない介護の提供

プロフィール



東北工業大学
准教授 水野文雄
2000年、名古屋工業大学工学部機械工学科卒業。
2002年、東北大学大学院工学研究科博士課程前期2年の課程修了。
2005年、東北大学大学院博士後期3年課程修了。博士(工学)。
名古屋工業大学寄附講座研究員、名古屋大学寄附講座助手、東北工業大学工学部講師を経て、現職。
専門は、生体情報モニタリング用ウェアラブルコンピュータの開発、メカトロニクスの福祉応用。

恩師を追いかけ、東北へ

東北工業大学准教授、水野文雄氏。
水野氏は他のロボット研究者よりも、ロボットに関わる時期が遅かった。
ものづくり自体を意識し始めたのは大学4年生の研究室に所属した時だ。
大学4年生の頃、所属していた研究室では、研究のために倒立振子を遠隔操作できるロボットを作っており、水野氏は主にPC上の仮想空間でプログラムや動作確認などのシミュレーションの担当や、ロボットの部品製作を行なっていた。

水野氏のロボット人生に転機が訪れたのは、大学院で恩師として尊敬する人物に出会ったことがきっかけだった。
その人物は山口隆美氏、彼は血管外科医から機械工学の研究者へと転身した経歴の持ち主だ。
現在は東北大学医工学部の特任教授に就任している。

大学院時代、山口研究室ではなにやら面白そうな研究をしているという噂が流れていた。
水野氏はどのようなことをしているのか気になり研究の話を聞いてみたところ、水野氏の中にあった好奇心が刺激され、所属していた研究室から移動を決意した。

水野氏は山口研究室に所属し、ロボットに関する知識・技術を教わる。
電子回路や部品などの製作を行うだけでなく、山口氏の影響から数値流体の血液の流れといった医学分野の研究に触れる機会も多かったそうだ。
研究室で学んだ電気分野や医学分野などの幅広い経験・知識が、現在水野研究室で行っているウェアラブルコンピュータの開発やロボットを使用した福祉応用の研究に活かされている。

恩師である山口氏の指導を受けながら研究生活をしていた水野氏だったが、山口氏が名古屋工業大学から東北大学へ移籍となってしまった。そんな山口氏を追いかけるようにして、水野氏も東北大学大学院の博士課程に進学。
水野氏は山口氏の人間性に惹かれ、まだまだ彼の元で学び続けたいという考えがあったため、山口氏以外に学ぶ気は無かったと語っている。

直接的に・直感的に

水野氏が大学4年生でものづくりを意識し始め、本格的に電子回路を組み込んで動くものを作り始めたのは、大学院で山口氏の研究室に移動してからだ。
山口氏の研究室では様々な研究を行っていたが、その中に《高齢者見守りシステム》という研究に水野氏は参画していた。
その中の研究の一部として、水野氏は生体情報や電気信号を取得できるウェアラブルコンピュータを制作する。
先輩方と協力し、ウェアラブルコンピュータ・人・ロボットを組み合わせ、総合的に見守るシステムを作り上げた。

システムの一部であるこの見守りロボットにはWebカメラが搭載されており、カメラを通してちゃんと生活ができているか、異変が起こっていないかを見守ることができる。さらに生体情報を取得できるウェアラブルコンピュータを人間の体に取り付けることで、カメラに映ることができない身体的な異変に気づくことも可能である。
ウェアラブルコンピュータ・人・ロボットを組み合わせて見守るというアイデアは、もともとは山口氏の提案だ。

当初は人間の電気信号でコンピューターを動かすというテーマであり、人間の電気信号を増幅させるためのアンプ(増幅器)の制作を水野氏は行っていた。
その後アンプや人間の電気信号はウェアラブルコンピュータにも使えるのではないかと考え、組み込んでみたという。
ウェアラブルコンピュータは、体に身につけるコンピューターだ。
体にウェアラブルコンピュータというセンサーを装着することで、カメラに映らない生体情報を取得できる。
生体情報を取得でき、全体的に見守ることができるというアイデアを元に研究・制作範囲を広げ、一つのシステムを作り上げた。
それが《高齢者見守りシステム》である。

恩師の影響を受けてか、水野氏はウェアラブルコンピュータや医療福祉に興味を持ち始める。
研究を行い、何か開発をするならば直接的に人と関わることができるものを作りたいという考えがあった水野氏。
日常生活や医療現場で使用できる役に立つものが作りたいという想いが強まった。

批判の嵐・芽生えた闘争心

これまでウェアラブルコンピュータなどの研究・制作を行なっていた水野氏は、東北工業大学に来てから本格的なロボットの研究を始めた。
そのきっかけとなったのは、物を作りたいという学生の想いであった。
ロボットを作りたいという想いに応えるため、現在は医療福祉と組み合わせたロボットの研究を行っている。

水野氏の研究室がメインとして行っていることは、ウェアラブルコンピューティングとメカトロニクスの医療福祉への応用だ。
ウェアラブルコンピューティングでは、カメレオンのように両目を別々に動かした時に見える視野を体験出来る装置「バーチャルカメレオン」を主に制作している。
このバーチャルカメレオンは、もともとは恩師の山口氏が行っていた研究を引き継いだものだ。
医療福祉ではベッドに温度センサーをつけ、就寝時間の把握や寝方がわかる見守りベット「ハイパーホスピタル」や、現在は老人介護を負担なく行うための移乗ロボットの研究を行っている。
移乗ロボットは高齢者や車椅子利用者の移乗介護をサポートすることを目的としたロボットである。
福祉関係での課題は多いが、直近で考えられる課題として車椅子やベットからトイレへ移動する間の負担だ。
負担を軽減させるべく、ロボットで素早く楽にできる移乗方法の確立を目指している。

始めはこの移乗ロボットを研究開発する前に、移動トイレというものを開発していた。
移動トイレはトイレを台車に設置し、介護者が遠隔で操作することによってトイレがやってくるというロボットである。
移動トイレをある年の大学祭で展示したところ、朧
「こんな物を作って何になる?」
「意味がないだろう!」
と評価をされることなく、批判の嵐だった。
しかし、これがきっかけで移乗ロボットのアイデアが生まれた。
その批判の中に、
『移動トイレより、移乗ロボットを作ればいいのではないか』
という意見が挙がったのだ。

水野氏は初め、移乗ロボットを研究する気は無かった。
移乗ロボットというのは研究開発を行っているところも多く、今更研究したところで誰も相手にはしてくれないだろうと感じていたからだ。
しかし、ここでもきっかけとなったのは学生の想いであり、言葉であった。
「作ってみたい」
移乗ロボットを研究開発したいという学生の想いと熱意が、水野氏の闘争心に火をつけた。

「それならば、やってやろう!!」

と、移乗ロボットの研究開発に踏み切った。

目指すのは移乗介護をロボットが当たり前に行うこと

移乗ロボットの目的は人を持ち上げて運搬すること。
水野氏はこの手のロボットの研究を行ったことがなく、手探り状態でのスタートだ。
第一号機から始まり、第二号機が完成。下記の図のような形にはなったが改善は必要であるため、今後さらに改良を進めていく。

第一号機を作る段階で機体をコンパクトに倒れないように重心位置の調整を行ったが、強度の課題が浮上してしまった。

この移乗ロボットは車椅子利用者が乗った車椅子に敷いてある穴が空いている専用シートに、移乗ロボットの上部に取り付けられている棒状のフォークを差し込んで人を持ち上げる方法をとっている。
差し込んで、持ち上げるという動作はフォークリフトをイメージしてもらえると分かりやすいだろう。
一号機では重心位置を四つの車輪の内側にしたことで、転倒の危険性は下がったが、機械の強度が不足していた。

改善を行うため第二号機を制作したところ、車輪の位置間隔は変わってはいないが一号機にないパーツを追加したことにより、台が車椅子の座面の奥まで入らず、差し込みに支障が出てしまった。
その課題を解決するために、フォークを長くしたが、重心位置の課題が浮上してしまう。
移乗ロボット本体に重量があるため現在まで転倒したことはないが、長くなったフォーク部分の重心が変わり、転倒する可能性はないとは言い切れない。

現状では車椅子と要介護者の間に敷いてある専用シートにフォークを差し込むまでがなかなかスムーズにいかないということも課題の一つだ。
フォークを差し込んでしまえば簡単だが、差し込むまでに太ももやお尻に接触し、突っかかってしまう。
この方法ではスリムな体型の方でも、スムーズな運搬とはいかず、改善が必要になってくる。

現在第二号機の欠点を補った、新たな移乗方法を行えるロボットを開発中だ。
今年度(2018年)の5月発表予定である。
課題としては、いかにスムーズに移乗を行うことができ、負担なく移乗することができるかが鍵となる。
移乗などの介護の方法を確立していくには、他の医療従事関係者の協力も必要ではないかと感じている。
その方法を見つけるのは難しくエンジニアだけでは限界があると水野氏は語った。

一歩前に、一歩先に

水野氏はロボットに関する知識を大学からではなく、恩師から教わった。
数学も、制御理論もしっかり学んでいるわけではない。
ロボットに触れたのも山口氏の研究室に来てからだ。
恩師から医療・電子・ロボット関係を学んだ事により、一気に道が広がった水野氏は、ロボット技術と医療の融合を目指している。

そして水野氏が常に心がけている
「自分の思いついた案はすでに他の誰かが考えているだろう」
ということ。
企画や研究開発を行いたいと考えた時、誰かがすでに考えていることかもしれないということも念頭に置いて行っている。
研究する時も頭を回し、情報収集を怠らず他人の考えや行動より一歩でも前へ行けるようにしている。
「研究というのは世界で初めて誰も知らなかったことを解明するものでなくてはならない」と話す水野氏。
誰も行った事がなければ、それは研究として成立する。
もし他の誰かが同じ研究を行っていたら別のアプローチから進めていけばいい。
逆を言えば課題が発生した時、同じ研究をしている誰かが同じ課題を解決している可能性もあるため、その時は情報収集を行い、知識を深め、経験を増やしていくことができる。

先に誰かが実行・実施していたとしても、“そこで止まる事なく、終わる事なく、常に一歩前に、常に一歩先を”考えて研究開発に取り組んでいるそうだ。

考えを切り捨てない

工学に限らず何かを実行しようとする時、多くの人は頭の中でできるかどうかをまず先に考えるだろう。
脳内で計画を立て、できるかどうかを考えるのではなく、挑戦してみて結果を元に考える事も時には重要だ。
すでに研究成果として出ていたとしても、“研究した”という行為は無駄ではない。

自分の手で作り、自分の目で確認してから、これはやり続ける意味があるのかを考え、作る前の段階では切り捨てず、とにかく挑むことが大切だ。
自身の考えをやり通したことで、広がった可能性に挑戦することができ、自分の経験にもつながる。
考えて挑戦し一つ一つ達成したものが、他の研究や新たな発想に繋がるかもしれない。
やっても意味がないと思っても、やってみたら非常に面白く、更に研究が発展する可能性がある。
研究を進め、実践していくことによって予想外の分野に進み、面白い展開もあるかもしれない。
常に一歩前に一歩先に進んで行く事で、未知の領域が広がり、その分経験も広がってくる。

水野氏の言葉は考えを切り捨てる事なく、やり通し常に一歩前を、一歩先を見つめる事で可能性が広がるということを教えてくれた。

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紹介 さくまみさき

楽しく、驚く記事であり、製作者の言葉が、一人でも多くの人の頭の片隅に残るような記事を書いていきます。

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