プロフィール

平田泰久(ひらた やすひら)
東北大学大学院 教授

2000年 東北大学修士過程修了 同年同大学助手
2006年 同大学助教授
2002-2006年 科学技術振興さきがけ研究21研究員(兼任)
2016年 東北大学教授、現在に至る
博士(工学)、複数ロボット協調システム、人間・機械協調システム、福祉ロボットシステムなどの研究に従事

シンプルにしておけ、この間抜け!

平田氏が大切している原則、それは“KISSの原則”
(Keep It Simple, Stupid:直訳すると“シンプルにしておけ! この間抜け”、ケリー・ジョンソンが提唱した原則で、設計の単純性は成功への鍵であり、不必要な複雑性は避けるべきという意味)。
そして、平田氏がシンプルさを探求し、辿り着いたのが、パッシブロボティクスである。

パッシブロボティクスとは、力に対して受動的であるという特性に注目し、ロボット(知的システム)のハードウエアおよびソフトウェア(運動制御系)を設計しようとする概念だ。

平田氏の研究室では、パッシブロボティクスの中でも、主にブレーキ制御に基づく人間支援ロボットの研究開発を行っている。
通常、ロボットの制御にはサーボモーターなどの能動的に駆動するアクチュエータ使っているが、研究室では能動的駆動力を発揮するアクチュエータを持たないロボットを前提とし、人間の力によって動かされたロボットをサーボブレーキを用いて適切に制御(運動制限)することで、多くの支援機能の実現を目指している。

例えば、荷物を運ぶ台車は、台車に人間の力が加わり、効率的にモノを運ぶことが出来る。
これまでのロボット開発では、モーターなどの駆動力を付加することで、人が楽に運べることに注力してきた。
しかし、人間は意外と重いものを動かすことは容易にでき、むしろ一度動いてしまったものを停止させることや、その進行方向を変化させることが難しい。
パッシブロボティクスでは、人間の力を駆動力とし、ブレーキで台車の運動を制御する(速度を制御したり進行方向を制御したりする)ことで、多機能でありながら、エネルギー消費量とコストを抑え、安全性を向上させることが出来るのだ。

パッシブロボティクスは、本当に足りない部分だけ補いサポートしてくれるシンプルさを追求したものであり、平田氏はこのような概念を「ちょい足しロボティクス」でもあると語る。

ロボット研究開発の原点“リーダ・フォロワ型物体協調搬送ロボ”

平田氏が初めて作ったロボットはガンプラであるが、子どものころから設計図を書くなど、ものづくりが好きだった。

本格的なロボット研究開発は大学4年生の時に携わった、複数のロボットが協調して荷物を搬送するロボットが始まりである。

きっかけは理化学研究所との共同研究のテーマを決める前日に開催された研究室の飲み会。
お酒の席で、協調ロボット分野で世界的な権威である小菅 一弘教授から共同研究に誘われた平田氏は面白いと感じて、共同開発に参画することとなった。

共同開発で、複数のロボットが協調して荷物を搬送するロボットの研究を進めていくうちに、平田氏が担当したロボットの力覚センサーの開発で、理論と現実の壁にぶち当る。
何度実験をしても、理論通りの結果が得られないのだ。
原因は、設計書と完成した部品の微妙な誤差から生じる、部品同士の隙間だった。
その誤差を埋めるため、日夜ひたすら調整に明け暮れたが、諦めずに常に挑戦する気持ちでこの壁を乗り越える。

そして、これらの経験が現在の研究者として平田氏の礎となっている。

リーダ・フォロワ型物体強調搬送ロボは、複数台の同型ロボットがリーダとフォロワの役割を担い、協調して荷物を搬送する。
リーダに目標軌道を設定し、動き出すと、フォロワはリーダが引っ張る力の方向を測定し、目的地まで荷物を落とさないよう協調して運ぶことが出来る。

研究開発を行い2年目には、冷蔵庫などの重量のあるモノが運べるまでに機能が向上。
3年目には、人と複数のロボットが協調して物体を搬送するシステムを実現させた。
そして、フォロワの役割を担うロボットが、平田氏のパッシブロボティクス研究開発の原点となった。

その後、学生と共に複数ロボット協調システムやパッシブロボットの研究開発を行いながら、アートとテクノロジーが融合した“社交ダンスロボット”という面白いロボット開発にも参画した。

この“社交ダンスロボット”は愛・地球博(名古屋)で展示され、メディアにも取り上げられている。

この社交ダンスロボットは面白いだけではなく、人間の意図した行動を推定して、人間とロボットの高度な協調運動を実現するという、先進的な取り組みであり、その後の歩行支援ロボットなどの制御に応用されている。

シンプルさを追求した研究

現在、“リーダ・フォロワ型物体協調搬送ロボ”は更に研究が進んでいる。
しかし、ここまでの道のりは順風満帆ではなかった。

当初、複数のロボットで荷物を運ぶ機能を活用し、空港の運送車などへの実装を想定していが、高価な複数台のロボットが必要となるためコスト面の課題が立ちはだかる。

もっとシンプルにできないか?
どうすればコストを抑えられるか?
どのような社会的な課題を解決できるのか?

ロボットを社会に導入することの難しさを、平田氏は痛感し、葛藤の日々が続いた。

そんなある日、世の中の調査ロボットの多くが高額にも関わらず、調査範囲が狭いという、社会的な課題を知る。
現在考えられているロボットを活用した海洋調査等では、同時刻に広域を調査するために複数台の調査ロボットを用意し、
各区画で決められた調査範囲をロボットが動き回りデータを計測するため、高機能で高額なロボットを複数台用意する必要がある。

この社会的な課題を、平田氏はこれまでの研究を応用すれば解決できるのではないかと考え、研究開発に邁進し始める。
そして、試行錯誤の末に出来上がったロボットシステムが、複数ロボットによる水上・水中調査システムである。

平田氏は現在この社会的な課題を、低コストで広範囲の調査が出来るパッシブロボティクスに基づいた”複数ロボットによる水上・水中調査システム”で解決するために研究開発を行っている。
このロボットシステムは、先頭のリーダロボットにのみ動力を与え、後ろに続くフォロアロボットは操舵角(ラダー)のみを制御する。
更に、ロボット同士を紐でつなぎ、ロボットはその紐の角度から、ロボット同士の衝突を避け、紐に絡まないよう協調し、調査出来るよう制御する仕組みだ。

このロボットシステムが実用化されれば、低コスト・低消費電力で広範囲の調査ができ、将来的には海洋や陸地など、様々な分野の調査が可能となるだろう。

これまで研究開発してきた調査ロボットを応用し、現在はJAXAと共同で“月面探査にも応用できるロボット”を研究開発しており、月の資源調査などで活躍することが期待されている。
月面探査には多くの超えるべきハードルがあるが、現在開発している技術は、人が入れない場所での地雷調査、災害調査など様々な場所で活躍出来る調査ロボットに応用が可能である。

“社会の変革”が一番の課題

「研究者として世の中にない新しいものをつくり、世の中を変えたい。
そのためにロボットを使う人自身が、使うことに喜びを感じるロボットを研究開発している」と平田氏は、心の内を語ってくれた。

しかし、実現するためには大きな課題があるという。
真のイノベーションは、科学的発見+技術革新+社会の変革、この3つが一体で起こる」と語っていたオムロン創業者の故立石一真氏の言葉に集約される。
その中でも“社会の変革”が一番の課題である。

私たち人間は、新しいものをすぐに受け入れられるわけではない。
例えば、アメリカ発祥の掃除ロボットであるルンバは、狭い日本の家庭では使いにくいという話があったが、最近ではルンバのために人間が片づけを行い、家具を買い替えるといった現象が起きている。
これは、“社会が変わった”一例と言える。
新しいものを提供し、すぐに使ってもらうのは難しい。
“社会の変革”を実現するためには、大学の研究自体も社会との繋がりを持って進めることがとても重要であると平田氏は語ってくれた。

そして、その“社会の変革”を実現するために、自らが研究開発したロボットが世の中に受け入れられ社会で使われることが当たり前となる。
人々に喜びを提供出来る日を夢見て、平田氏は日々努力している。

ロボット研究開発者を目指す人はシステムインテグレーション×英語力

平田氏よりロボット研究者、開発者を目指す人へメッセージをいただいた。
ロボット研究開発者になるためには、システムインテグレーションという概念がとても重要となります。

そのためには、センサー、アクチュエータ、それらの制御手法など様々な技術を統合する能力が必要となります。
イノベーションを起こす為には、これまであったシステムに何かを足していく。
新しいロボットが、新しい技術だけで出来ているわけではなく、多くは昔からある技術であり、その技術を掛け合わせで出来ているものがほとんどである。

そして、様々の技術をブラッシュアップし、システムをインテグレート出来るようになるためには、幅広い知識が必要。
今、勉強していて必要がないと思っていることも、この先に必要となることもある。
少しでも知識があれば、様々な知識を組み合わせて新しいものを作ることができる。
詳しく知らないことであっても、“ 聞いたことがある”、“どこかでこんな技術があった気がする”といったことであっても、勉強した知識は役に立ち、インテグレート出来るかもしれない。

そして、研究者になりたい人にとって英語は必須。
読めるけど話せないという方も多いですが、研究者は当たり前のように英語を使うし、海外に行けば全て英語でのやりとりとなります。
私が苦労した所でもありますので、是非みなさんは早い時期に英語力を身に付けてもらいたい。
そして、研究はすぐに良い結果が出るわけではない、「諦めずに常に挑戦する気持ち」が重要です。
「自分の世界を広げるためによく勉強し、社会を変革するロボット研究者、開発者になってください。」

URL 平田・翁研究室  http://srd.mech.tohoku.ac.jp/ja/