プロフィール

ドーナッツロボティクス株式会社 CEO
小野 泰助(おの たいすけ)

【経歴】
・老舗企業 創業者の血を引くが、14歳で父を亡くし、独学でプロダクトなどのデザインを身につける。
・22歳で起業し、数々の失敗の後「デザインの匠」となり、多数のメディアに出演。
・2014年、北九州のガレージで小型ロボット「cinnamon」をデザインし、ドーナッツロボティクス社を創業。
・2017年、「羽田ロボットプロジェクト」に採択。
・2020年、世界初のスマートマスクを発表。ニューヨークタイムズ紙など国内外メディアで特集される。
・2021年、シリコンバレーメディアの選ぶ「Top Japanese start-up大賞」受賞。
・2022年、「CES 2022」に単独ブースで出展。その様子が時事通信ニューヨーク支社から報道される。

テクノロジーで「マスク」を再定義

2020年、突如として流行した新型コロナウィルスにより、人々はマスク生活が余儀なくされた。

そんな中、「ソーシャルディスタンスを保ちながらコミュニケーションを可能とするデバイス」として開発されたのがスマートマスク「C-FACE」だ。

マスクの上に装着すると、離れた相手のスマートフォンに「声を届ける」、

「声を文字にする」、「8カ国語 翻訳をする」、「議事録を作成する」を実現する。

「C-FACE」を発表した小野さんは、数々の起業経験を持つ。今回は小野さんの生い立ちを含めた歴史を深堀っていく。

父を亡くし辛かった10代。泣きながら読んだ宇宙の本

小野さん「生まれは120年以上続く老舗企業 創業者の息子でしたが、14歳の時に父が亡くなってからは稼ぎ手が居なくなってしまい、大変な思いや苦労をずっとしました。戦中・戦後を生き抜いた創業者(曽祖父)や父は、僕には到底真似できないような立派な人で、人間として超えることは絶対にできないと思っていました。『こんな凄い人たちがいるんだ』と思って育ちました。

子供の頃は良いものを沢山見せて貰いました。例えば、実家に北大路魯山人の器があったり、祖父宛に松本清張さんからの達筆な手紙が残されていたり……。それらが、僕のデザイナーとしての素地になっているのかもしれません。

そして僕がまだ幼い頃、祖父と父が『COSMOS(著者:カール・セーガン)』という宇宙の本を買ってくれて。僕は泣きながら見ていたそうなんですよ。それを見て両親は『なんで泣いているんだろう』と不思議に思ったようです。とても変な子だと思いますが、僕はその本を見て、『いずれ宇宙に人間が戻っていくのだろう。』と感じていたんです。実は、この考えが根底で僕のロボット事業につながっているんです。」

――どういった内容の本だったのですか?

小野さん「宇宙について解説している本なんですが、とても映像が綺麗でした。宇宙はこんなに広いんだとか、凄い奇跡的に人間って地球に生きているんだっていう事が書いてある本でした。地球が生まれてその後に様々な星が爆発したカケラ等が地球に降り注ぎ、その原子のお陰で人間や生物ができた。宇宙全体の活動の結果で人間が存在することなども学んだ気がします。それで『宇宙って凄いな』、『行ってみたいな』と思っていたし、行くというより生まれ故郷に戻る……みたいなイメージがあったんです。子供ながらに、宇宙の壮大なストーリーに感動して泣いていたんだと思います」

老若男女、誰にでも理解され、簡単に使えるものを追い求める

幼い頃から長い歴史を持つ家で育ったことで学んだことがあったという。それは、「ブランディング力」だそうだ。

小野さん「先祖の家業は、和のブランドなんですが、ロゴマークに風流があるんですよ。皆がそれを見たら、一目でそのブランドだと分かる。小さな信用が積み重なって、企業は長く続くんですよね。看板や包装紙に、そのロゴマークがつくと信頼の証になる。それを守っていくことが子孫の仕事だったりします。しっかり守り、良いものを作れば、時代の変化もありますが100年続く。僕は、なかなか立派な人物にはなれませんが、先祖からはブランディングを学んだと思っています」

22歳で起業し、飲食店のデザインやIT企業からもデザインを任される等、経営を学びながらデザインをしていたそうだ。事業にもたくさん挑戦してきたが、ほとんどが失敗だったと小野さんは振り返る。

そして、その度に何がダメだったのか自問していく中で「これからの100年で、世界的ブランドを作れるとしたらロボット業界だろう」と考えたという。

小野さん「失敗続きのどん底から空を見上げながら『人口が減る中で業績が伸びるもの何か?』必死に考えていました。長く続けるには市場がずっと大きくなるような業界にいないといけない。世界中で同時に伸びるような市場でないといけない。

様々な企業のプロデュースやハードウェアのデザインをさせて貰う中で、多くの国に行きました。貧富の差や宗教の差、趣味趣向、食べ物、言語が違う中でも、どの国に行ってもスマートフォンや洗濯機、エアコンがありました。世界中の人が生活のために必要なITハードウェアを作らないといけないなと感じました。」

見守りロボット「cinnamon」

そんな想いもあり、小野さんは2014年に見守りロボット「cinnamon」を手掛ける。

日本では病院はあまり増えない一方で、高齢化は進む。今後、自宅を病室にしていくような事態が起きる事は回避できないだろう。医療を考えると見守りロボットがあるべきではないかと小野さんは考えたそうだ。

小野さん「今は僕も母と離れて暮らしていまして。傍に居られない時もあるので、自分の実体験からも、自分の代わりに見守ることが出来るロボットがあったらいいなと思っていました」

「cinnamon」のデザインは小野さんが考案した。人々の見守りや施設の受付をするロボットはどんな形をしているだろうと考えた結果だという。

小野さん「人は、タブレット端末にはあだ名をつけませんが、ロボットにはあだ名をつけて呼んだりするんですよ。それがタブレットとロボットの大きな違いなんです。人間をディフォルメしてデザインされた『cinnamon』から話しかけられると、人はタブレットよりも親近感を持ちます。そして、親近感や感覚的に良いデザインを突き詰めると黄金比に辿り着きます」

「黄金比はピラミッドやレオナルド・ダヴィンチのモナリザ等の歴史的建造物や美術品にも用いられる比率です。黄金比の物を見ると人は美しいと感じ、体内時計を戻すとも言われています」

先進的なロボットだからこそ親近感が必要で、黄金比を取り入れる必要があると小野さんは話した。

日々の問題をなんとか解決しようと思っているだけ

新型コロナウィルスは2020年の初めに流行した。そんな2月〜3月頃にスマートマスク「C-FACE」の設計を始め、その1か月後には ある程度の試作機が完成したと小野さんは言う。

2018年頃には既に社内にアイディアがあった。当時、アドバイザーとして参加していた東京大学工学部のエンジニアが、東京大学を卒業する際、『話した言葉がスマホに文字として表示されるマスク型デバイス』を研究していた。

小野さんは面白い案だと感じたそうだが、当時は今程マスクの市場が大きくはなく、製品化することはなかった。しかし、コロナが流行し、様々な場面でマスクが必要になり、問題解決できることがあるかもしれないと思い、アイディアを具現化したという。

小野さん「あっという間にプロトタイプが出来たのは、タイミングですかね。スマートマスクは、ハードウェアだけでなくソフトも重要ですが、丁度、『cinnamon』が完成した時だったんです。

東京オリンピック前に空港で翻訳をするということで実験を続けていました。なので、その翻訳ソフトは出来ていました。あとはマスク型ハードを作るだけという状態だったので、あまりにも早く試作機ができて、皆がびっくりしたんです。運が良かったですね」

順調な滑り出しだったが、苦労もあったと小野さんは振り返る。

小野さん「C-FACEのマイクは、音をしっかり拾わなくてはいけないが、あまり拾い過ぎてもいけないという課題がありました。それでマイクを柔らかい部品で覆い雑音を減らしたり、どの深さに置くのか?等の試作を繰り返しました。

今、C-FACEは発売されていますが、日々改善していて、二号機も考えています。作ったことから学んだことが沢山あったので、また新しいバージョンを作ってなんとかお役に立てるように……と。長く続けていく為の改良はどんどんやっていこうと思います」

また、実際に世の中に広まることで気付いたこともあったという。

小野さん「使い勝手が難しいと言われ、改善が必要だと思った。でも喜ばれたこともいっぱいありました。『なんで翻訳できるんですか!?』と驚く人たちが沢山居ました。中には『テクノロジーでコロナの閉塞した世の中を打開出来るんじゃないか』そういう風に捉えた方もいました。

聞いた人が明るくなるようなプロダクトであると受け取ってくれたみたいで。ニューヨークタイムズ紙で特集され、沢山の人々に読まれて。少し明るいニュースだったので、それを届けられたことは意義があったなと思います」

「日本のスタートアップ企業が世界初のスマートマスクを作った」という名目で、ラスベガス開催のCES(Consumer Electronics Show)に招待され単独ブースで迎えられたが、小野さん自身は「周囲からの期待値が高過ぎる」と感じたという。

小野さん「先ほど話したように、祖父や父は凄いですけど、自分自身は立派ではないし、聖人君子みたいな人ではないです。それなのにちょっといい感じでニュースに取り上げられて戸惑いました。僕は、日々問題を抱えていて、それをなんとか解決しようと思っているだけなのに、『何でも正解が出せる人』みたいな扱われ方をしました。そんな事はなくて、いっぱい悩み、遠回りをしないと分からないことが多いです。」

一方で「C-FACE」発表以前の小野さんは、自分の考えが『世の中に理解されないし、知られることもない。』と感じていた。その為、このように評価されることは、幸せな事であり、ラッキーな事」とも話した。

長い目で見ると全部が成功

数々の失敗を経験された小野さんだが、一体どのようにその失敗を乗り越えてこられたのだろうか。

小野さん「まずは亡くなった父の為にも、失敗だけで終われないなという気持ちがあって。いつか良い製品、良い会社を作って恩返しじゃないですけど、したいという思いが原動力です。

それから、失敗を責められても『これはまだ途中段階です。』って自信を持って言えるほど努力をする事ですかね。『今、途中なんです。世界を変えるような事に挑戦しています。そろそろ成功します』と。(笑)自分自身にかける言葉も大事かもしれません。『今は、これでいいんだ。』と。天才バカボンのパパが『これでいいのだ』って言いますよね。(笑)

一見、失敗に見えても、こっちの方が良い道なんだと言い聞かせています。今は辛くても、1年先に成長したときは この道が最高だったって思っている筈です。長い目で見ると全ては成功であって、本当は起きることは全部良いことなんですよね。いいことが起こったら感謝しますが、悪いことが起きても感謝できるようにありたいです」

誰もが簡単に使える物を。最終的には宇宙へ

「誰でも簡単に使えるものを作れる人が優秀であり、すごい技術でも難しいものを作るのは、優秀とは言えない。」と話した。

エンジニアの技術や頑張りが生きるのは、製品が完成した時ではなくて、作った製品が誰かに使われた時であり、喜ばれた時だ。

小野さん「ゴールは、皆さんの生活が良くなったとか、皆さんをハッピーにさせた時なので、より使い手側に立ち、素人目線で、自分が おじいちゃん・おばあちゃんだと思い込んでも簡単に使えるものを作れれば、本当の意味で世の中の役に立つんじゃないですかね。いつも試行錯誤中です」

最近話題の宇宙旅行も、人間は将来ロボットの体を使って行くことになるのではないか?地球以外へ移住など、崇高な目標は長い目で見れば人類のためにあることが多くあるが、今、多くの人に役に立つことを考えなければ続いていかないという。

クリエイターとして難しいことを成し遂げるためにも近い未来、1か月〜2か月、又は1年後……のために、しっかり売れるものを作らないといけない。それを続けていくことで、子供の頃の「宇宙に戻る」という夢を、小野さんは自社のロボットで叶えるのかもしれない。