プロフィール

福島大学 高橋 隆行(たかはし たかゆき)

1987年4月  東北大学工学部 助手
1993年3月  東北大学工学部 講師
1993年4月  東北大学大学院情報科学研究科
システム情報科学専攻 講師
2000年12月 東北大学大学院情報科学研究科 助教授
2003年4月  東北大学 大学院情報科学研究科
応用情報科学専攻 助教授
2004年10月 福島大学 共生システム理工学類 教授
2008年4月  福島大学 附属総合情報処理センター長を兼任
2010年4月  福島大学 副学長(研究担当)
附属図書館長を兼任
2013年7月  福島大学 副学長(研究担当)
附属図書館長・環境放射能研究所長を兼務
2014年4月  環境放射能研究所長
現在に至る。博士(工学)。

ロボット研究者 高橋氏のルーツは”発明王エジソン”

化学実験が大好きで”危ない小学生”だった高橋氏。
小学4年生の時に、親に泣いてねだって買ってもらったものが”硫酸”という強者である。
部屋には化学実験で使う大量の薬品を保管するために、薬品棚までつくる徹底ぶりで、高校の化学実験室よりも薬品が揃っていたという。
当時、化学実験で衝撃によって破裂して音が出る、かんしゃく玉のような玩具などを造っていたというから驚く。

化学が大好きな高橋少年は小学5年生のある日、電気屋の気の良いお兄さんと運命的な出会いを果たす。
電気屋のお兄さんに電気の知識を教えてもらう中で、少しずつ興味が化学から電気へ移っていく。
この出会いが、その後のロボット研究者の道へ繋がるとは露知らず、当時の高橋少年は電子工作にのめり込んでいった。

当時はトランジスタが普及してきた時代で、毎週粗大ゴミの日になると旧式の真空管のテレビが捨てられていたという。
高橋少年は電子工作に必要な部品を収集するためにゴミ捨て場へ行き、捨てられたテレビを持ち帰っては分解して、部品を外し、ラジオ等の電子機器を造っていた。
今も、その当時収集していた真空管が自宅に何千本もあるらしい。

高橋少年が中学生の時、体育祭前日に放送室にある放送機器の音が出なくなるというハプニングが起きた。
先生達は困った挙句、なぜか高橋少年に声をかけた。
先生の話を聞き、事情を知った高橋少年は修理を請け負うことになる。
高橋少年は放送機器の壊れている原因を見つけたが、交換する部品が学校に無い。
そのため、自宅から部品を調達し、先生も感心するほどの手際の良さで修理を終えた。
この事が高橋少年にとって初めて、自分の技術が人の役に立つ喜びを知る出来事となる。

そんな高橋氏が子供のころから憧れ、モノづくりのルーツとなった人物は”発明王エジソン”である。
小さい頃に両親からプレゼントされたエジソンの伝記を、本が擦り切れるまで読むほどエジソンに憧れたという。
そして、高橋氏が化学から電気へと興味が移っていったのも、エジソンと同じ道だった。

大学では、エジソンと同じように電気の道に進むと思いきや、機械に進むことになる。
その理由は、自分では買うことのできない機械を使った勉強に興味があったこと、そして化学と電気はやり尽くしたため、学ぶことはないと思ったからだ。
当時を振り返り高橋氏は
「本当はそんなことないんですけど、当時は生意気でした」
と笑って話してくれた。

しかし、今になって思えばメカトロニクスは電気と機械の両方が必要な分野であるため、電気と機械が融合した知識と経験は、高橋氏の研究人生で強みとなっていると語る。

人間の動きをロボット制御に取り込む

高橋氏と機械との出会いは、東北大学の制御系の研究室に所属するところから始まる。
研究室では”マンマシンインターフェース”や”人間の行動を制御に組み込む”研究などを行っていた。

例えば、人は鉄棒で逆上がりを学ぶ時、初めは出来なくても何回か行えば、体が自然と使い方を覚えて出来るようになる。
高橋氏は、このように人間が体で自然に覚えるといた学習能力の特性を測り、そこから人間が行った制御行動や機械と人間を繋げるロボットシステムの研究をしていた。

本格的にロボットに携わるようになったきっかけは、東北大学の中野榮二教授が主催するロボットコンテストに、制御系の研究室の学生とチームを組み出場したことだった。
結果は準優勝。しかし、製作したロボットを中野教授に評価されたこともあってか、中野教授の研究室へ誘われる。
これを機に研究室を移り、高橋氏のロボット研究人生がスタートする。

中野教授は機械技術研究所(現産総研)出身で、社会で活躍するロボットを目指していたため、高橋氏の興味と非常にマッチしていた。
高橋氏は当時を振り返り、こう話している。
「子供の頃から電気が好きで、大学から機械に携わっていた。
そんな時に自分の目の前にロボットが転がってきたので、ある意味巡り合わせを感じた」と。

中野教授の研究室では、ロボット研究で大切にしている一つのビジョンがあった。
「ロボットは使われてこそ、普及するし、発展する。」
中野教授はその言葉を有言実行に移し、1999年に開発したウェイトレスロボット”妹妹(めいめい)”を、飲食店で1年間働かせ、メディアにも取り上げられ話題となる。

妹妹の他にも、様々なロボットの研究開発を行ってきた。
◎ウェイトレスロボット”妹妹”のベースとなる”メッセンジャーロボット”
◎背の高いロボットが高速でカーブしても倒れないようにする”車幅可変ロボット”
◎超高速でもロボットが計画軌道を外れない”超高速ロボット”

その他にも、画像処理システムや超音波センサシステムなど、上記のロボットに必要な技術要素の研究開発も取り組んできた。
今ではその結果、多様な視点からユニークな研究開発を行うことが高橋氏の強みとなっている。

そして、研究の中でも特にユニークな研究が”人間をロボットの一部に使いたい”という発想から始まった、人間の筋肉をアクチュエータとして使う研究だ。
一般的には機能的電気刺激(FES)と言われている分野である。

高橋氏は、人間の筋肉はものすごく効率のいいアクチュエータであり、これを使わない手はないと考えた。
当時着手した研究は下半身が動かない下肢障がい者が、足こぎ車いすをこげるようにするための研究だった。

下肢障がい者の多くは足が動かせないため、様々な健康上の障害を引き起こしてしまう。
関節の固化や、筋肉量の低下。お年寄りになると寝たきりや痴呆症の誘発などである。
ちなみに、足は動かすことで体液循環に貢献しているため、第二の心臓と言われている。

その障害を改善するために開発されたのが足こぎ車いすと、不自由な足を動かすための機能的電気刺激(FES)機器である。
機能的電気刺激(FES)機器の仕組は、筋肉と末梢神経に電気を流して刺激を与え、筋肉を制御して動かす。
通常、足こぎ車いすを動かすためにはモータを使うが、機能的電気刺激(FES)機器を付けた場合は自分の筋肉を使用する。
それにより、筋力の低下を防げ、リハビリにもつながる。
加えて、自分の体で動かしているという事もあり、患者の気分も前向きになる。

将来的には、この研究をメカトロニクスと組合せ、障害がある方が自分の力で歩けるようにしたいと、高橋氏は考えている。

立つことがお仕事?”アイ・ペンター”

現在、高橋氏はロボットのシリコンバレー”ふくしまロボットバレー”の実現を目指し、さまざまな活動を行っている。
そのひとつが、福島大学での地域イノベーション・エコシステム形成構想だ。

大学の技術要素を地域の企業に技術移転し、企業がその技術を高度化させ事業化するとともにその成果を大学のロボット開発に活用する。
また、地域の企業が持つ技術を発掘してロボット開発に活かす。
このようなイノベーションサイクルを形成し、福島県から近未来の人支援ロボットを普及させる活動だ。

その活動には、研究室で研究開発を行っている”共存型人支援ロボット”・”水中調査ロボット”・”人の筋肉を活用したFESロボット”の3種類のロボットを活用する。

今回、ご紹介するロボットは共存型人支援ロボット”アイ・ペンター”だ。
家庭の生活環境の中で、安全に力仕事も出来るロボットを目指している。

人を支援する場合、ロボットは人と共存しながら、多種多様な作業をこなし、人の生活環境に危害を加えない安全性が求められる。
現在、人と共存し、支援するためのロボットは沢山あるが、家庭の生活環境の中で、安全に力仕事ができるロボットは実現出来ていない。

実現できていない理由は多数あるが、例えば以下のような課題がある。
1.作業が増えるにつれて、動作を記述するために必要なパラメータを把握することが困難になると共に、従来行われていた”制御系の切り替え”モデルでは、作業の認識ミスによる暴走の危険が高まってしまう。
2.力仕事を行うためにロボットが発生する力を増やすと危険が高まってしまう。

“アイ・ペンター”はこの課題を以下のようにして解決すること目指している。
1.パラメータ変化や未知の情報を外乱とみなし、少ないパラメータでロバストな外乱推定と補償を行うことにより、単一コントローラで複数の作業を実現可能にする。
2.本体の自重を使って必要な力を発生させるとともに、本体重量そのものを軽量化することで、安全を向上させる。

一つ目の課題はロボット制御方法である。

“アイ・ペンター”には、モータが20個以上搭載されており、それらのモータを制御するためにはロボットの制御システムに巨大な状態方程式が必要となる。
だが、新しい要素を付け加える度に、新たに状態方程式を作り直さなければならないため現実的ではない。
更にロボットが様々なタスクを実行するために、従来はコントローラを沢山並べ、タスクが変わる度にコントローラを切り替える手段を取ってきた。
しかし、この方法では実行すべきタスクの認識ミスにより暴走を誘発しかねない。

そのため、未知の外乱やダイナミクスの変化に対し、ロバスト性を有する制御系を構築するため、拡張状態オブザーバを用いた外乱補償制御を行うことにした。

この考えのベースは、ロボットが行う作業そのものを外乱とみなすということにある。
また、ロボットをいくつかのパートに分け、各パートは他のパートを外乱と考える。
例えば、ロボットの本体から見たら腕が外乱、腕から見た本体が外乱ということになる。
この仕組みならば、新しい作業やパートを追加しても本体の制御は全く変わらないため、新しい方程式を立てる必要も無くなる。

それにより、”アイ・ペンター”が段差を登る、荷物を持つ、起立する、着座するなどの複数のタスクを一つのコントローラで制御することが可能となった。
そして、”アイ・ペンター”にとっては立っていること以外は、全て外乱となるシンプルな仕組みが出来上がった。

人間で例えるならば、1つの作業ごとに考えて作業していたことが、倒れそうになった時に反射的に手を出すといったことに近い状態で、考えずに作業できるようになったのだ。

更に、安全を保ちつつ力仕事が出来るよう、軽量で非力なマニュピレータを搭載し、重心移動を用いて本体を傾けるという自重を使う方法を採用。
そうすることで、重量物を持ち上げて運搬作業することを可能とした。

最後に”アイ・ペンター”の将来の目標について高橋氏にお聞きした。
将来的には家庭で活躍する家政婦ロボットとして、一人暮らしのお年寄りの方など、誰でも使えるロボットにしていきたい。
最終的には家庭の中に”アイ・ペンター”が溶け込むことで、生活を楽しくしたい。
ペットを飼うのと同じようにエモーショナルな豊かさがあり、ロボットがいるから楽という便利さを享受できる、新しい生活スタイルが生まれてくる。
そのためにも、様々な分野の人にアイ・ペンターの研究開発に参画して欲しいと話してくれた。

新技術創造の鍵は”未来目標”

高橋氏のロボット研究開発の大前提は「ロボットをいじっているのが好き」。
それは大好きな趣味に近い。
人の役に立つものを造るということはとても大切だが、その前に「好き」が重要と語る。

ロボットに限らず研究開発は挫折の連続であり、時には壁を乗り越えるために、突拍子もないアイデアが必要な時もある。
研究の9割は失敗してしまうけど、それでも道半ばであきらめずに、研究をやり続けられる原動力は、やはり好きという気持ちだ。

しかし、「好き」だけでは研究開発はできない。
もう一つ、重要なことは新しい技術を創造するため必要なのは、魅力的で効果的な「未来目標」。
例えば”アイ・ペンター”は家庭で活躍する家政婦ロボットという「未来目標」がある。
だが、現状はロボットの部品代だけで500万円を軽く超えてしまい、社会で活躍させるにはコスト的にハードルが高い。
そのため、このロボットが実際に普及するのはかなりの時間がかかる。
しかし、未来目標があることで、不足している技術要素が見つかり、研究開発をどの方向に発展させればよいかという道標ができる。

実際に高橋氏は、新しい技術の研究開発を推し進め、ロボットの手となるカムや減速機の特許を取得し、現在ロボットベンチャー企業”ミューラボ”を立上げ、活躍の場を広げている。
この技術も、”アイ・ペンター”の未来目標を追い求める過程で得られた成果である。

ロボットに携わりたいなら”ロボットを恋人と思え”

これからロボットに携わりたい方にとって、ロボットはどこから手をつけていいのか分からないかもしれません。

大切なことは、全部理解してから始めるのではなく、手がつけられることから始めて、どんどんやってみる。
ロボットを造ることに無駄なことはなく、最終的にはロボットを開発する技術は全部が応用できる。

学生の方であれば、ロボットコンテスト等で造るロボットには明確なゴールがある。
そのゴールにたどり着くために勉強をする事も、うまくいかなくて挫折を味わう事も、大切な知識と経験になる。
恐れずに、ゴールに向かう過程を自分自身で解き、主体的に学ぶ力や発想力などを養うためにも挑戦して欲しい。
他分野の技術者の方であれば、自分の基礎技術があり、それはロボット開発では間違いなく強力な武器になる。
そこから出来ることを一歩踏み出せば、どんどんやれることが広がっていく。

しかし、技術を持っていたとしても、ロボットの研究開発には壁がつきものだ。
私がロボットの研究開発をしていて、いつも思うのは「諦めないこと」の大切さ。
例えば、要素技術の研究でこの方法で絶対に行けると確信をもってやれるものは少ない。
ゴールまでの道筋がぼやけていていも、諦めないで取り組むことが大事になってくる。

しかし、他者から「諦めるな」と言われると、それは”しんどい世界”になってしまう。
だから「好きになれ」と言っている。
もっというと「ロボットを愛しなさい」と。

もう一つ挙げるとすれば、ロボットを嫌いにならないこと。
ロボットを人物に例えるなら、気難しくて、一筋縄ではいかない難攻不落な人。
先程の諦めないことと同じかもしれないが、相手がどんなにわがままを言っても嫌いにならず、受け入れる。

そうすれば、いつか答えてくれるだろう。

福島大学 高橋研究室 URL:http://www.rb.sss.fukushima-u.ac.jp