プロフィール

山形大学 有機材料システム研究推進本部 小川純准教授

■経歴
2019年3月現在 山形大学 有機材料システム研究推進本部 准教授
2017年2月 – 2019年2月
会津大学 復興支援センター 准教授
2015年4月 – 2017年1月
北海道大学 大学院情報科学研究科 日本学術振興会 特別研究員PD
2015年9月 – 2016年8月
コロンビア大学 機械工学科 ポストドクトラル研究員
2014年4月 – 2015年3月
北海道大学 大学院情報科学研究科 日本学術振興会 特別研究員DC1

これからのロボットに必要なもの

新型コロナウイルスの流行による外出自粛が続く中、人を癒し楽しませるペットロボットの需要が高まっている。
ペットロボットとは、かわいらしい仕草で室内を動き回ったり、音声や光を使って持ち主とコミュニケーションをとったり、人を癒し楽しませるための機能を持ったロボットのこと。
自宅でペットを飼うのが難しい人や、遠方の家族や友人と会えない寂しさを解消したいという人から注目されているという。

だが、現在のロボットが人と触れ合い人を癒すには、大きなネックがある。
それは、ロボットが持つ“硬さ”にある。

現在のロボットのほとんどは、金属やプラスチックでできた硬い体を持っている。
この硬い体では、頑丈さを活かし危険な場所に行ったり、重労働をこなしたりすることはできても、人間と触れ合い、安心感を与えることは難しい。

また、人は寂しさを感じた時、手触りのいいモノや柔らかい触感を求める傾向にあると言われている。
現在のロボットがより人の心に寄り添うためには、“柔らかさ”が足りていないのだ。

そこで今回は、従来の“硬いロボット”とは一線を画す、“柔らかいロボット”の研究、ソフトマターロボティクスを紹介する。
ソフトマターロボティクスでは、ロボットの素材に有機物を使うことで、環境にやさしく、柔らかいロボットを実現させている。
また、その性質を活かして、人間と触れ合う機会の多い医療用、介護用のロボットや、回収する必要のない検査用、探査用ロボットへの応用が期待されている。

今回の記事では、この“柔らかいロボット”にAIを組み込むことで、ロボットに新たな命を吹き込もうと試みる、小川氏の研究を紹介していく。

《ペットの犬》出典:photoAC

重要なのは“生き物感”

小川氏は現在、柔らかなゲル素材を使用した犬型ロボット“ゲルハチ公”の開発に取り組んでいる。

小川氏「ゲルハチ公は、触れた人とコミュニケーションをとるロボットです。
触れられたり、声をかけられたりした際のデータをAIが解析し、鳴き声や光を使って感情を表現します。

≪展示会で来場者に触られるゲルハチ公≫(動画)

ゲルハチ公の機能を実現するために、頭部には圧電センサー、首にはカメラとマイク、LED、台座の内部にはスピーカーが組み込まれています。
また、入ってきた情報を解析し、感情を決定するためのAIを搭載したタブレットが接続されています。


≪ゲルハチ公の構造≫

人がゲルハチ公の前に立ち、声をかけながら頭をなでると、各センサーを通して以下の情報がゲルハチ公に入力されます。

〈入力される情報〉
・ゲルハチ公に向けた表情(カメラ)
・ゲルハチ公にかけた声のトーン(マイク)
・ゲルハチ公の体をどのように触ったのか(圧電センサー)

これらの情報等を基に、AIがゲルハチ公の感情を決定します。
そして、ゲルハチ公は、体の振動や鳴き声、首輪の光で感情を表現します。
更に、本体に接続されたタブレットでは、より詳しくゲルハチ公の感情を見ることができます。」

≪ゲルハチ公の感情を表示するタブレット≫

ここで特に注目したいのが、ゲルハチ公の感情が、はじめからパターン化されたものではなく、ゲルハチ公自身が決定するという点である。

小川氏「ゲルハチ公の感情パターンは、彼自身に決定させています。
叩いたら怒る、なでたら喜ぶ、というような、こうされたらこういう感情になるというパターンを組み込んでいないんです。

ゲルハチ公は、以下のような仕組みで自分の感情パターンを形作っていきます。

①相手の表情(視覚情報A)を読み取り、AIにインプットする
②相手の声のトーン(聴覚情報B)を計測し、AIにインプットする
③体にどのように触られたか(触覚情報C)を判定し、AIにインプットする
④AIが、3つの情報それぞれに対して、その情報が入ってきたときに生じる感情要素を決定する。
⑤3つの感情要素を統合して「ゲルハチ公の今の感情」(D)が決定される。
⑥「ゲルハチ公の今の感情」を光や鳴き声、タブレットの表示で表現する
⑦それ以降は、Aのような視覚情報が入ってきたらDの感情になる、Bのような聴覚情報が入ってきたらDの感情になる、Cのような触覚情報が入ってきたらDの感情になるようAIが学習していく。


≪ゲルハチ公のAIが感情を決定するプロセス≫

ゲルハチ公の感情は、以下の心理モデルを利用しています。


≪ゲルハチ公に使用されている心理モデル 「プルチックの感情の輪」≫

ゲルハチ公は、周囲からの刺激によって、自身が表現できる感情を日々学んでいき、彼が独自に作り上げた感情パターンが彼の個性になるのです。

このような仕組みにしたのは、本物の生き物らしさを出したかったからです。
生き物はいつでも機嫌がいいわけじゃないし、いつも同じ刺激に対して同じ反応を返すわけじゃない。
そういう、生き物らしい“ムラ”を表現できるのではないかと考え、このようなシステムを作りました。

今後の課題は、より豊かな感情表現ができるようにすることです。
現在は、本体に接続されたタブレットで、ゲルハチ公の感情を表現していますが、目や鼻が濡れる、耳が曲がるなど、彼自身の動きで感情表現できるように改良したいと考えています。
こういった工夫でより生き物らしさを出すことができれば、触ってくれた相手により共感してもらうことができ、より円滑なコミュニケーションにつながると考えています。」

ソフトマターロボティクスの可能性

ロボットの研究・開発を志す人へ、小川氏からメッセージをいただいた。

小川氏「私の夢は、ゲルハチ公の研究を進化させていき、最終的には、自律的な思考を持ち、自律的に動く人工生命を作り出すことです。
柔らかい素材をロボットに使うことで、動物と同じように、骨の周りに肉、肉の上に皮膚、というような構造を模したロボットを造れるようになります。

そうやって造ったロボットは、感触も、動きも、従来のものに比べて格段に生き物らしくなります。
そういうものが、疑似ペットとして自然と暮らしの中に溶け込んで人と共存している、そんな未来がきたら、面白そうだと思いませんか。

夢に向かって研究を長く続けるコツは、研究を生活の一部ととらえることです。
研究室で机に向かって実験しているときだけが“研究”だと身構えることなく、普段の生活の中の、家事や遊びの一つとしてとらえることで、ストレスなく取り組むことができます。

また、自分の力で造り上げたロボットに誇りを持つことが大事です。
技術力や仕上がりの精度などで、周りと比較して勝ち負けを気にすることはありません。
個々の技術が劣っていようが、最後まできちんと完成させたなら、それは世界に一つしかないあなたの作品です。
周りを気にせずロボット作りを楽しむことが、継続のコツです。」


《ゲルハチ公と小川氏》
研究室URL:http://www.junogawa.com/
この研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の、山形大学OPERA共創プラットフォーム型研究領域「ソフトマターロボティクス」(通称SOFUMO)の助成研究です。
https://opera.yz.yamagata-u.ac.jp/