プロフィール
小野 直紀(おの なおき)
クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナー。2008年株式会社博報堂入社。空間デザイナー、コピーライターを経てプロダクト開発に特化したクリエイティブチーム「monom」を設立。社外では家具、照明などのデザインを行なうデザインスタジオ「YOY」を主宰。2019年より博報堂が発行する雑誌『広告』編集長。
ブロック遊びから始まり、建築家になることが夢だった
小野さん「元々子供の頃から何かモノを作るのが好きでした。ブロック遊びやレゴですね。母親が僕にレゴをたくさん与えてくれました。姉がいるんですけど、年が離れていたので、一人で遊べるブロック遊びに夢中になっている時期がありました。小学校の卒業文集で将来の夢を書く時に『建築家になる』って書いたんですよね。恐らく、『モノをつくる凄い人』ってことで書いたと思うんですけど。
実際に大学入る時に何しようかと思って、そのまま物をつくるのが好きだったんで、建築をやろうと思って大学に入りました。ですが、入った大学で成績の関係で建築コースにいくことができず、『どうしても建築を学びたい』という気持ちがあったので、別の大学の建築学科に入り直しました」
ここで一つ、読者の皆様は疑問に思うことがあるであろう。モノづくり――建築に夢中だったという小野さんが、なぜ広告会社である株式会社博報堂に入社したのか、ということだ。小野さんは言葉をつづけた。
小野さん「大学で学んだ建築は面白くて引き続き勉強していきたいなって思っていました。大学3年生の時に、みんな就職活動について考えると思うのですが、建築学科の人って8、9割は院進するんです。自分も大学院に行くのだろうと思っていました。
ですが、僕と同じ年齢の同級生の多くはもう就職しているので、社会勉強も兼ねて就職活動をしてみようと思いました。物をつくる領域がいいと思っていて探していたのですが、広告会社に行っている先輩が楽しそうにやっていたので、領域として広告会社もあるのかなって思ったんです」
Pechatやモノづくりをしようと思ったキッカケ
「入社してすぐは空間プロデュースの部署で、いわゆるモーターショーや展示会等のプロデュースや企業のミュージアムを作っていました。その後、コピーライターになって広告制作にも携わりました。
コピーライターになったタイミングと同時期に、『個人でもモノを作りたい』と思うようになりました。会社の中でモノをつくると色んな制約があります。個人で制約なく物を作りたいと、家具や照明、デザイン等をつくる活動を始めました。それで色々発表して……やがては海外で賞をもらったり、商品化されたり、世界中で作品を売ってもらったり、といったことになっていきました。
そんな中、『商品をつくって世に出していく』っていう職能と『広告会社でコピーライターとして商品の魅力を伝える』っていうことを掛け合わせ、何か新しいモノづくりの在り方をつくれないか? と考えました。『プロダクトをデザインするという事』と、『情報をデザインするという事』を、掛け合せて広告会社の中でモノづくりをやりたいと役員に掛け合い、プロダクト開発に特化した『monom(モノム)』というクリエイティブチームを作らせてもらいました。その第一弾の商品として、Pechatがあるんです」
Pechatはボタン型のスピーカーで、ぬいぐるみに取り付けるとあたかも一緒にお喋りしているかのような体験が出来る。
そんなPechatが誕生したキッカケは小野さんの姪っ子に人見知りをされた経験からだという。
『ぬいぐるみを使って子どもをあやす』という昔からある生活のシーンに今のテクノロジーを融合し、別の形でアップデートされることを考えた結果だ。
――そのPechatですが、姪っ子さんはどう使いましたか?
「Pechatで遊んでいる姿を見た時に面白かったことがあります。姪が紙にお姫様の絵を書き、それを大きな段ボールに貼ってそこにペチャットをつけていました。そして、姪がお兄ちゃんに『これ喋らせて』と言って、そのお姫様とおしゃべりするみたいな」
子どもはしばしば、大人が予想していた斜め上の使い方をする。元々想定していた『ぬいぐるみにつけて遊ぶ』ということではない。子どもならではの発想・新しい遊び方が面白かったと小野さんは語った。
Pechatが”ステップ1”に到達するまでの開発秘話
小野さん「2016年にSouth by Southwest(補足1)っていうイベントで、Pechatのプロトタイプを発表したら、反響が凄かったんです。これ商品化した方がいいのではと会社に掛け合い、同年12月に発売する事が決まりました」
(補足1: South by SouthwestはSXSWとも略記される。音楽、映画、コメディ、新興企業コンテストなどの多岐のジャンルに亘る大規模なフェスティバルである。アメリカのテキサスで毎年3月に開催される。)
小野さん「色々苦難の道がありました。概ねよく進んだなって感じではあるのですが……、博報堂が会社としてGO出しをする前に、僕がGO出しを勝手にしたという事がありました。Pechatの発売に関してはおそらく会社の承認が降りるだろうけど、時間がかかる。それを長々と待っていたら12月の販売開始に間に合わないなって思って。当初、このくらいの金額であれば僕の貯金でも足りるからと始めてもらって、開発を勝手に進めました」
取材班:(会社と小野さんの信頼関係があってこそだと感じました。思い切りの早さとスピード感に脱帽です。)
小野さん「その後、Makuakeというクラウドファンディングサイトで、先行販売を実施して1500万円以上を集めました。そして12月の発売に至ります。クラウドファンディングを行ったことで色々なメディアに取り上げて頂いて、12月9日に発売だったのですが、その日にはもう在庫が殆ど無いという状況で、好調の滑り出しでした」
MakuakeでのPechatの当初の目標額は500,000円であった。しかし、サポーターは2,720人と膨れ上がり、達成率は3,065%を記録した。15,328,520円というのは大きな金額である。高い注目度だった事がわかる。
当時のMakuakeページ(既に終了したプロジェクトです):https://www.makuake.com/project/pechat/
それから5年以上の月日が流れていった。Pechatのアプリは更に進化し続けていると小野さんは語る。Pechatの特徴としてはスマホでの操作だ。ボタン(Pechat)自体はBluetoothスピーカーのようなもので、スピーカーとマイクがついている物であり、スマホアプリをアップデートすれば、どんどん機能が充実していくということが特徴。アップデートする事を前提としたため、開発当初は「親が操作したら喋る」という最低限の機能にとどめていた。
しかし、販売している中で、Pechatを出産祝いとして贈るというケースが多いという事が分かってきた。先程のMakuakeのリンク先にある応援コメントの中にも「産まれてきてくれた子供への、初めてのクリスマスプレゼントにしたいと思い購入させていただきました」「最近生まれた初孫へのクリスマスプレゼントにします」といった支援者の声が散見される。Makuakeのプロジェクトでの商品発送はちょうど12月中であった。
小野さん「出産祝いで贈るってことは、赤ちゃんにPechatを贈るわけですけど、赤ちゃんはまだ喋れない訳じゃないですか。せっかく贈られたのだから、それが赤ちゃんとそのご両親にとって何か役に立つものだといいなということで、『赤ちゃんモード』という新機能を追加しました。
機能としては3つあって、一つは泣き声検知。赤ちゃんが泣いたり、物音を立てたりしたらスマホに連絡がいく機能。二つめは泣いている赤ちゃんに泣き止み音楽を専門家監修の下で作って、それ聴かせると泣き止んでもらう機能。三つめは、寝かしつけに使えるおやすみ音楽を同じように作りました。0歳児にも使える機能を作ったっていうのが一つの進化です。
他にも、3歳くらいになるとPechatとお喋りできるようになるのですが、その頃になってくると大体イヤイヤ期が始まることが多く、色々と言う事を聞いてくれないという親の声がありました。その一方で、ユーザーの方から(ぬいぐるみに装着した)Pechatが喋りかけると、『言う事を聞いてくれる! 』 という声もあったので、専門家と共にイヤイヤ期の子供達のためのセリフ集を作りました。
要望として非常に多かったのは『Pechatに英語を喋らせたい』。多分ちっちゃい頃から英語に触れさせたいという親御さんが多いのだと思います。Pechatアプリの英語版を作って、英語が分からない親御さんでも日本語と併記してあるので内容が分かる、というものを開発しました。
他に、開発当初から僕らも想定していた要望として、『スマホを操作しないと喋らないので結構大変だ』とか、『放っていたら喋らないから子供が悲しがる。自動で喋れるようにしてほしい』っていう要望は当初からあって。僕らも自動で喋らせるようにしたいっていうのが当初から構想していて、それがようやく去年(2021年)の12月にそれのモードっていうのが、ステップ1として出せた。……という感じが開発のざっくりとした歴史です」
ボタン型を選んだ理由と子供への影響
小野さん「ボタンのデザインがいいなっていうのはすぐに決まりました。ぬいぐるみに付けるものなので、スピーカーっぽく見えず、馴染むものが良いなって。加えて、ボタン型にするとPechatって名前が分からなくても共通言語として覚えてもらえるんじゃないかと考えていました。
ボタン型の他にも、蝶ネクタイ型やハート型なども考えたんですけど、ハート型にマイク穴があったら嫌じゃないですか。明らかにスピーカー。さらにハートとなると可愛らしくなり過ぎる。
僕自身が5、6歳の頃までぬいぐるみが好きで持っていたという経験がありました。そういう子はやはりいると思うので、可愛らしいからPechatを持つって感じじゃなくて、もっと性別を問わないフラットな感じにしたいなって思って。最初、黄色一色で出していたのも、あまり性別が関係なく、温もりのある色なので、黄色にしました」
自動化、パーソナライズ、そしてその子だけのPechatへ
小野さんによると、Pechatの自動で喋る機能をどんどんアップデートし、パーソナライズしていきたいと話す。現在のロボット業界全体にも同様に言えることだが、Pechatもまた、まだまだSF映画のキャラクターの様に流暢に喋るわけではない。だが、いつかそういったSFのキャラクターが自由かつ流暢に話すような日がやってくるだろう。その来るべき日・来るべき世界への第一歩を踏み出し、そこに向けて引き続き開発をしていくとの事だ。
小野さん「そのために今やっている試みはパーソナライズをどう強めるかということです。
現状では会話のシナリオの難易度に段階をつけて、年齢に合わせて難易度が変わるようにしています。
次に、使っている子供の特性や情報に即した内容を出していくっていうのをやろうとしています。既に搭載しているもので言うと、『聞き手モード』と『話し手モード』を作っています。聞くのが好きな子供に対しては、Pechatから沢山話しかけるシナリオを多く出し、話すのが好きな子供に対しては、Pechatは聞き上手になる仕様です。
今後はユーザーである親御さんから子供が好きな物などの事前アンケートを取って、それがシナリオに反映されていくというパーソナライズをしたり、子供とPechatが喋れば喋るほど子供のことがシナリオの中に反映されていったり……みたいな機能を追加していくことも計画中です。
あとは子供が楽しんでいるのか? 飽きているのか? ということを、どうやって音声で読み取るかという検討をずっとしていて、遊びながら学べるというようなことを、Pechatを通してできるといいなと思っています。教育テレビのEテレが、映像を通した学びと遊びと思うんですが、そのお喋り版がつくりたいと考えています。好奇心をくすぐるような喋り方をしたり、新しい知識を喋ったり……、そもそも家の中で第三者の親でもなく兄弟でもない存在とコミュニケーションをとるってこと自体も学びだと思うので、そういうことも含めて広い意味で学びという要素を入れていきたいです」
小野さんの大切にしている想い
小野さん「Pechatの話でいうと、子供だけじゃなくて親も使うので、親にとっても喜ばれるものであってほしいです。その中で、子供に悪影響を与えたり、親が嫌がることを出来る限り避けたいと考えていて、例えば、親の教育方針、片親の家庭ならではの話題、ジェンダーの問題――、そういう子供への影響がある問題への配慮をしながら開発しています。
もっと楽しめるように改善していくというのはもちろんなんですが、『子供にとって良くないコミュニケーションや親にとっては良くないってことを、いかに省くか』っていう方をしっかり意識しながら作るって言う感じです」
また、小野さんは開発者として大切にしている想いも語ってくれた。
小野さん「世の中にまだない体験を作りたいっていうのは強く思っています。新しい生活の風景を生み出したいと考えていて、凄い先の未来というよりは、『半歩先の未来』みたいなことをいつもイメージしています。
個人的に、価値のある体験を沢山の人にとって入手可能なあり方で提供したいって想いがあります。例えば、Pechatも機能をもっとリッチにして、揺らしたら反応するようにも検討したのですが、そうすると高価になってくるので、子供にはちょっと高いなって敬遠されちゃう。なるべく多くの方にPechatの体験をしてもらえるような価格帯であることを意識しています」
一体どんなシーンでアイディアが浮かぶのか?
小野さん「作りたいのが新しい生活の風景だったりするので……、実際にPechatを思いついた時も、姪っ子と遊ぼうとしている時に思いつきました。
頭の中で考えるというよりは、部屋にあるものであれば色んな部屋を見て回ったり、子供向けの物であれば子供がどうやって過ごしているかを観察しながらアイディアを練ったりすることが多いです。他にも、人が使うモノを作ることが多いので、その人がどういう風に一日過ごしているんだろう? から始まり、人はどういう風に朝起きて、歯磨いて……、みたいな一個一個の生活のシーンの中に目を向けながら考える。そのシーンの中に、こういう体験があったら楽しいんじゃないか? 便利なんじゃないか? と、考えていくって感じですかね」
このように構想を練っている中で、ユーザーに必要最低限のハードとソフトを提供するところからスタートし、そこから何か月或いは何年と、そのユーザーが良い体験を得続けることが可能なのかをずっと考え続けないとならない、と小野さんは付け加えた。
こうした体験を追求するにあたり、思いついたことを周囲の人に話して反応を見たり、プロトタイプを作ってユーザーインタビューを行うことも多いそうだ。
ここまで読んで下さった読者へのメッセージ
小野さん「モノを作るのって凄く楽しいし、このメディアを見る人たちもモノを作ることが凄い好きな人だと思います。
モノづくりの魅力は、自分が熱量を持って作ったものが、受け手に同じくらいの熱量で受け止めて貰える瞬間だと思います。そうした状況を実現するために、アイデアを練り、仲間や資金を集め、開発して販売して……作り手にとって、これらの一連のアクションすべてを楽しめるかが、大切なんだと思います」
Pechat公式サイト:https://pechat.jp/
株式会社博報堂:https://www.hakuhodo.co.jp/
monom公式URL:http://www.mono-m.jp/
YOY公式URL:「https://yoy-idea.jp/
雑誌『広告』URL:https://kohkoku.jp/