プロフィール
秋田県立大学 システム科学技術学部 知能メカトロニクス学科
准教授 齋藤敬(Saito Takashi)氏
経歴
1994年4月-1999年4月 東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻
1999年5月-2002年3月 東京大学国際・産学共同研究センター, リサーチアソシエイト
2002年4月-2004年3月 国立循環器病センター研究所, 医薬品機構派遣研究員
2004年4月-2004年4月 (株)キノテック, 研究員
2004年5月-2005年3月 (財)富山県新世紀産業機構,バイオビジネスコーディネータ
2005年4月-2005年6月 横浜国立大学, 講師(中核的研究機関研究員)
2005年7月-2007年3月 大阪大学産業科学研究所,特任助教授(常勤)
2007年4月-2008年3月 大阪大学産業科学研究所,特任准教授(常勤)
2008年4月-2010年3月 東京大学バイオエンジニアリング専攻,特任研究員
2010年4月-現在 秋田県立大学システム科学技術学部,准教授
走り回る動物型ロボットかかしで、人里を助けたい!
「ロボットかかし」と聞いて、あなたはどんな姿のロボットを想像するだろうか?
齋藤氏が開発するロボットかかしは、一般的に知られているかかしの姿とはまったく異なる。
縦横無尽に動き回り、転んでも起き上がる。
これが齋藤氏の研究する次世代型ロボットかかしのプロトタイプ、「しろやぎ」である。
《動き回る「しろやぎ」》
今までの野生動物対策は、田畑にかかしを立て「人間がいる」かのように見せることで、野生動物を遠ざけてきた。
しかしこのしろやぎは、音を立てて歩き回り、伸縮するロボットアームで威嚇する。野生動物に「あそこには不気味な動物がいる」と知らせることで、動物を人里から遠ざけ、人間と動物の自然な棲み分けを目指している。
医療工学から始まった、格闘戦にも耐えうるロボット
全く新しい「かかし」のかたちを模索する齋藤氏に、ロボットかかしの開発を始めたきっかけについて、お話を伺った。
齋藤氏「僕は医療工学が本業で、神経細胞の情報で義手や義足を制御するような『神経インターフェース』と呼ばれる分野の研究をやっていました。
しろやぎもはじめは神経インターフェースの研究に使えるよう、ラットやマウスの移動性能に合わせて、実験動物が思いのままに動かせる「機械の体」として開発したものです。
ただ、単なる基礎研究用途に限らず、将来的な用途拡大を視野に入れ、移動速度や搭載性能、そして丈夫さにも配慮して開発しました。
また、性能を検証するために、ロボット格闘戦『かわさきロボット競技大会』に出場し、2001年以来、しろやぎで参加し続けています。
《かわさきロボット競技大会で戦うしろやぎ》
しろやぎという名前は、当時、人工心臓研究のために実験施設でヤギを飼育していたことに因んでつけられました。
しろやぎの完成を記念して、完成直後のしろやぎとそのヤギを対面させたところ、普段めったに物事に動じない性格のヤギが、すごく驚いたんです。
ロボットも動物を驚かせる力があるんだ!と、とても印象的な出来事でした。
《齋藤氏と初期のしろやぎ、そして実験施設で飼育していたヤギ》
その後、僕の研究は細胞治療に向けたロボット開発にシフトしていったのですが、実はしろやぎの脚機構は特許化されており、その事業化が長年の課題として残されていました。
そんなとき、秋田県内でクマに人が襲われ、4人が亡くなるという大きな被害が出たんです。
そこで、しろやぎのような格闘戦にも耐えうる脚型ロボットならば、クマのような動物に対抗する『人工の天敵』にできるのではないか、と考えるようになりました。」
ヤギの反応を改めて思い出した齋藤氏は、この機体を、野生動物を人里から遠ざける、ロボットかかしとして進化させようと思い立つ。
実はしろやぎには、先祖にあたる搭乗型機「五月祭ロボ(1985)」がある。
《五月祭ロボ(1985)》
これは、齋藤氏の医療工学系研究室の先輩が作った大型の機体で、原動機付き自転車を動力源として、人を乗せて前進することができた。
しろやぎは、この五月祭ロボの基本構造に脚の旋回機能を追加したものである。
このためしろやぎについても、クマやイノシシと対峙できるサイズに大型化することが可能だろう、という自信もあった。
試行錯誤を経て、鳥獣被害対策に向けて改装された「しろやぎ」の特徴は、その高い移動性能と外観、そして驚くほど伸びるロボットアームだ。
おもちゃ的な機構でありながら、車両のような力強さと、高級ロボットのような多彩な動きを両立させた脚。
山中でも埋没することのない蛍光ピンクの機体に、パッと目を引く「目」のデザイン。
そして、巻き尺を束ねたような、短くたためて長く伸ばせる、伸縮棒のようなロボットアームは、動物威嚇用として、相撲の「猫だまし」のように、相手の鼻先に伸ばすことができる。
《しろやぎの機体》
移動能力、外観、そしてロボットアーム。これらが合わさることで、しろやぎは野生動物に対して、「あそこには変なやつがいる」と印象付けることができる、ロボットかかしへと進化したのだ。
ロボットかかしとして、普通のロボットと何が違うのか。鍵は「ローテクであること」だという。
脚は、棒と関節によるリンク機構。腕は、束ねた巻き尺のような構造。今時のロボットとしては極端に機械寄りでハイテク感はない。
だがローテクゆえに、農機具のように粗っぽく使われても簡単には壊れず、大型化も容易。将来的にはバイク程度の価格で提供することが可能だという。
改めて振り返ると、齋藤氏の本業である医療工学においては、ロボットは故障せずに使えるということが最優先。そのマインドがここにも反映されているのだ。
「しろやぎ」から「かみやぎ」へ 進化を遂げるロボットかかし
齋藤氏はしろやぎを実験機として使用し、サルやクマの飼育施設等を活用して動物の反応を調査した。そこから、動きの速さと共に、機体の大きさも重要であることに気がつく。
その調査結果を反映し、開発中なのが最新型ロボットかかし「かみやぎ」である。人里の「まもりがみ」のような働きを期待し、「かみやぎ」と名付けたという。
しろやぎから進化した点は、その大きさと見る力だ。
かみやぎの重さは大人一人分ほどあり、しろやぎとは迫力も段違いだ。
また、しろやぎは人間が近くでコントロールしなければいけなかったのに対し、かみやぎは動物を識別する画像認識機能を組み込むなど、無人運用を想定して開発が進められている。
《奥がかみやぎ、手前がしろやぎ》
今後の研究目標について、齋藤氏は以下のように語った。
「ロボットかかしの今後の目標は、集落の周辺警戒を無人で出来る状態にし、野生動物の被害が多い地域に配備して、夜間の警戒をさせることですね。
もう一つの目標としては、人が搭乗可能なタイプを造りたいという夢もあります。
実は、ロボットかかしの開発にあたって、クラウドファンディングを行ったんです。
その際に、機動戦士ガンダム等で著名なメカニックデザイナーの大河原邦男先生に、搭乗できるタイプの未来型ロボ「おおやぎ」をファンデイングのお礼品用にデザインしていただきました。
これはもう現実にするしかないと、計画を立てています。搭乗型のロボットができれば、新しい秋田名物としても活躍できるんじゃないかと考えています。」
《大河原邦男氏デザインの「おおやぎ」》
ロボットかかしは、すぐに実用化とはいかないでしょうが、人が自然と共存するためのツールとして、長期的な視点で育ててゆくつもりです。
そして、本業である細胞治療用のロボットも、基礎研究用の小型機に加え、本格的な動物実験に向けた中型機が完成しています。高額な細胞治療を劇的に低コストにしうる技術で、これから医学分野の皆さんと協力して研究を進めることになるでしょう。
僕の研究は多方面で、何だか節操がないようですが、人命にかかわるリスクを少しでも減らしたい、とゆうことを大きなテーマとして日々研究をしています。」
考えて・作って・試して、可能性を探ろう
これから、ロボット研究を志す人へ、齋藤氏からメッセージをいただいた。
「やっぱり、可能性を探れ、ですね。
現在、福祉や介護、財政の問題がたくさんあって、何をやっても無駄に感じる事があるかもしれません。
でも世の中は、100年前、200年前と比べると、確実に良くなっているんですよ。
例えば、技術革新によって人間の寿命も大きく延長されました。
未来は問題ばかりだと感じるかもしれませんが、それは、現在の技術がこのまま停滞していればの話。
現在の問題を解決するために、無いものは自分たちで作ってしまえばいいんです。
ただアイディアを説明するだけでは、聞いてくれる人は少ないかもしれない。でも、プロトタイプを作ってしまえば、たくさんの人が見てくれます。
例えば僕は今、新たな取り組みとして、大学一年生向けカリキュラムの一環で「雪下ろしトライアル」という、屋根の雪下ろし問題に挑むロボットの競技大会を始めています。
豪雪地帯の秋田県では、雪下ろしの際の転落死傷事故が例年多発しているんです。
雪になじみのない学生もいるので、まずは雪下ろしの危険性や大変さを伝え、その問題をロボットで解決できないか、考えてもらおうというわけです。
具体的には、半年かけて基礎技術を習得しながら、5~6人のチーム単位で、どういうやり方が効果的か、自動化するためにはどうしたらいいかを議論させ、建築模型の上の模擬雪ブロックを雪捨て場まで運ぶロボットを製作して競ってもらいます。
ただ一年生向けということもあり、あくまでもLEGO MINDSTORMSを2セット組み合わせて作る、プロトタイプモデルです。
それでも自分たちで実社会の問題に取り組む入口として、知恵を絞った結果は学生の自信に繋がっているようです。
考えて・作って・試す。このサイクルが身につけば、色んな可能性が広がると思います。
https://www.youtube.com/watch?v=-_-JimUMkgg
《「雪下ろしトライアル」優勝ロボット》
ちなみに雪下ろしロボットは、研究室でも開発を進めています。しろやぎにも使われている伸縮ロボットアームをベースに開発しており、企業とも連携しながら実用化に近づいています。
それに、実際には除雪問題も鳥獣被害も、秋田だけの限定的な問題ではありません。世界各地で同じような問題に直面している人たちがいます。つまり秋田で少しでも解決に向けて成果が上がれば、その技術は世界の様々な場所で応用できるんです。
今の世の中、問題だらけに見えるけど、なんでも改善の余地はあるんです。
悲観論に振り回されず、ぜひ、創造して解決する側にまわってください。」
《左がしろやぎ、右が細胞治療研究用ロボット「セルスタンパーCP-01」》